月刊ライフビジョン | コミュニケーション研究室

問題は「どうする日本?」ではないのか

高井 潔司

 ブリンケン米国務長官が6月、中国を訪問し、米中は関係改善に向けて動き出した。アメリカの国務長官の中国訪問は2018年以来、5年ぶり。この間、台湾問題をはじめ様々な問題で対立がエスカレートし、冷戦時代の米ソ対立に続く、米中の“新冷戦”時代の始まりともいわれるほど関係悪化が続いていた。ブリンケン訪中によって直ちに関係改善が進んだとは言えないが、それでも対話継続への意思が表明され、秋には首脳会談開催の道筋も見えてきた。国務長官訪中を受け、これまでアメリカに追随して中国封じ込めの動きを続けて来た日本はどうするのか、が大きな課題となっている。しかし、朝日から産経まで日本の主要各紙には、全くそのような視点から論じる社説、記事にはお目にかからなかった。それはメディアだけの責任ではなく、アメリカ一辺倒の日本の外交自体にその視点が欠けているためであろう。

 ブリンケン訪中について各紙を比較してみると、読売は一面トップに加え、三面に背景分析の「スキャナー」欄でも取り上げ、さらに社説を配している。それだけではない、国際面には、米中会談識者の目として、日米三人の専門家のコメントを掲載し、二面には「米中安定は重要」という、ピンボケの松野官房長官の会見記事も四段見出しで扱っている。朝、毎、読三紙の中では最も大きな扱いだ。(ピンボケというのは、この官房長官は政策課題についていつも役人の作文を棒読みしているだけで、だからどうするという当事者感がまるでない。こんな談話を四段見出しという大扱いする意味があるのだろうか)

 朝日は、一面トップにウクライナのダム決壊問題を取り上げたので、訪中問題は一面の左肩準トップ扱いだが、三面に関連記事、さらに国際面トップにも長い背景解説を配置し、社説でも扱った。毎日は一面トップだが、後は国際面に解説とも言えない関連記事と社説のみで、三紙では一番小さな扱いだった。

 しかし、毎日の記事が一番すっきりしていてわかりやすかった。他紙が訪中をめぐるマイナス面の内容を強く打ち出していて、今回の訪中の意義に疑問を投げかけていたからだ。

 毎日の記事から紹介、コメントしてみよう。一面の見出しは「米国務長官、習氏と会談、米中首脳会談打診か」と前向きであり、同じ記事のデジタル版は「中国、対話続ける意思 習氏と米国務長官、首脳会談実現焦点」と、より積極的な評価になっている。毎日は本文でも冒頭から「バイデン米政権は、中国との緊張緩和には共産党トップとして権力を掌握する習氏との直接対話が必要だとみて、会談を調整していた。中国側も対話を続ける意思を示したといえる。ブリンケン氏はバイデン米大統領が意欲を示す米中首脳会談を打診したとみられ、今後の焦点は来年にも会談を実現できるかに移る」とあり、今回の訪中がアメリカ側の強い求めによって実現したことを強調している。実際、「ブリンケン氏は会談の冒頭で『バイデン大統領が私に訪中を指示したのは、米中には両国関係を管理する義務と責任があると考えているからだ。米国はそれを実行する』と説明」したとも、毎日は書き込んでいる。毎日は社説でも「米国務長官の訪中 建設的対話で競争管理を」と前向きに呼びかける。「双方の立場に隔たりがあるからこそ、対立のリスクを管理する知恵と努力が求められる」、「米中の対立の行方は、世界の安定を左右する。今回の訪中を足がかりとして、米中は建設的な対話を重ねながら、競争の管理に向けた環境づくりに取り組むべきだ」と期待感を示している。

 朝日や読売も、記事の中で、対話の継続、首脳会談実現の模索の要素も盛り込んでいるが、アメリカ側が求めていた国防当局間の対話再開に中国側が応じなかった点をより重視していた。したがって、朝日解説は「米中、歩み寄り見えず、米中・経済安保めぐり」と訪中にマイナス評価を打出している。読売の解説に至っては「習氏権威強化に利用」「米中関係制御を演出」と、習との会談での椅子の並べ方についての解説が中心だった。「習氏はコの字形に並んだテーブルの中央に陣取り、下座ともいえる右手に」ブリンケン氏を座らせ「格の違いを見せつけるかのように」「米国を押さえつけているかのような構図を演出した」と、対話開始の意義を貶める解説だった。椅子の並べかたを含めて、外交当局者の事前折衝でそのようなことは織り込み済みであり、それでも対話継続をアメリカが求めていたことの、むしろ証左として見るべきだろう。国防対話などに関しても、ブリンケン長官は一度や二度の訪中で解決できる問題ではないと言っている。

 今回の訪中の意義は、対話の開始であり、その継続で一致したことをまずしっかり評価すべきであろう。この点を明確にせず、相違点ばかりに目が行くから、では日本外交はどうするのだ、という視点も生まれてこない。読売社説は「習氏の自制が関係改善の鍵だ」と書き、産経社説も「ボールは習氏の側にある」と、東・南シナ会でも中国側の軍事的圧力の強化を批判し、その譲歩を求める。中国側はそれこそアメリカを中心とする国々が中国の脅威を煽り、台湾問題においても下院議長の台湾訪問などアメリカ側の挑発的行為が緊張の原因を作っていると反論してきた。その反論について一切伝えず、緊張の原因は中国側にあるとの自己主張を繰り返すだけでは対話にならないし、対話の進展は望めない。むしろ緊張を高めるだけだ。アメリカのバイデン政権はこの点に気づき、対話の開始を探って来たのだ。米国務長官の訪中が実現した今、問われているのは、「どうする日本」なのだ。にもかかわらず、わが官房長官は「中国に対して大国の責任を果たしていくよう働きかけたい」と相変わらずの主張を繰り返す。それでは対話にならない。最近のイランーサウジアラビアの国交回復の仲介を務めるなど、あちら側には大国の責任をちゃんと果たしているという自負があろう。アメリカの受け売りに過ぎない、日本の説教じみた話を、おいそれと聞き入れるはずがない。日本外交の無策を露呈するのが関の山であろう。


 高井潔司  メディアウォッチャー

 1948年生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、論説委員、北海道大学教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群メディア専攻教授を2019年3月定年退職。