日々道楽

扇動者に決別できるか

 ポピュリズムは、人々の意見に基づいて政治をおこなうという意味がある。だから上意下達や官僚政治ではない面があって、それ自体は悪くはない。

 さっこん、世界中でポピュリズムがまん延しているという表現がよく目に着くが、これは正確には扇動政治である。

 たとえば、政治家が演説で拍手喝采されたり、なにかの言葉に聴衆が共感することは少なくない。これは、聴衆の意見を聞いた政治家がそれを反復したのではなく、政治家のトリッキーな表現に聴衆が乗った場合が多い。

 トランプ氏の発言を考えると、強烈な不満体質に立って、「自分がいちばん」だと売り込む。トランプ信者は現状に対する強烈な不満において強く共感する。不満を共有しているから、トランプ氏はやってくれるという文脈である。

 賃金が安いと不満を持つ労働者と、自分がいちばんだと認めない世間に対するトランプ氏の不満はまったく別物である。これを聴衆が考える隙を与えないのがトランプ氏の異能異才であり、マジックの種である。

 共和党の議員諸氏にすれば、党内で立場を固めるにはトランプ氏の支援がほしいから、尻尾を振る。しかし、有権者に選ばれるためには、トランプ印はプラス・マイナス両方がある。

 これが今回の選挙の教訓であり、少しものを考える人は、トランプ氏が候補者を支援したのは、候補者のためではなく、トランプ氏自身がチャンピオンベルトを巻くため段取りに過ぎなかったことを理解した。

 おそらく、この流れがさらに拡大するだろう。それは、いかに異能異才とはいえ、扇動者に攪乱された政治から、米国民が脱出する過程である。

 米国民主主義の再起は、当面はトランプ離れをいかに加速させるかにある。