日々道楽

こういう時代だから?

 「こういう時代だからこそ、アスリートやスポーツが与えてくれる感動が求められている」という気分は、少なくないのかもしれない。

 大変な病を克服して復活したアスリートの姿には感動する。スポーツ観戦が生活のリズムになっているファンは多い。

 マイクを向けられると「元気をいただきました」みたいな応答が多い。とにかくみんなが元気になって、社会の雰囲気が前向きになるのは上等だ。

 ただし、よほどのファン以外にとって、与えられる感動は話のタネとしてはよろしいが、長く続かない。もし、感動が持続・蓄積するのであれば、社会活力は天地を揺るがすだろうが、そうはならない。

 元気と感動の関係を考えると、客観的には、日々の暮らしにおいて、まるで変化がないのだけれど、元気を感じさせる人がいる。たぶん、その人は、意識してか、無意識かはともかくとして、自分の日々の暮らしの1つひとつを、「作っている」のであろう。

 画家は創作過程を通して作品化する。自分が描きたいコンテンツ(内容)を形にする。その「コンテンツ⇒プロセス」期間において、人生に意味を作っているという理屈になる。元気とは、人生に意味を作るたゆみなき活動である。

 そんなわけで、「こういう時代だからこそ」云々は、なにがなんでも五輪パラ輪をやりたいバッハ氏や菅氏に対する応援歌ではあるが、事業として実現するためには、そのような気持ちだけに依拠するのは正しくない。なにしろ、「こういう時代だからこそ、まずはコロナ対策の万全を期すべきだ」。