論 考

労働組合の組織開発に向けて

筆者 新妻健治(にいづま・けんじ)

 ――どのような組織であろうが、変化を避けることはできない。経営組織は、変化に対応して、持続可能性を確立するために、不断の組織開発を必然とする。片や、労働組合に、その取り組みを見ることがない。状況が変化して止まらないのだから、組織が存在するためには、組織開発し続けなければならない。

組織開発への端緒

 労働組合の書記長になったとき、労組結成30周年の記念事業を進める立場になった。このとき、二つのことが気にかかった。一つは、労働組合とは何か、そしてどこへ向かうべきなのかという問題認識である。

 その背景として、組織意識調査で深刻な問題が明らかになった。アンケート調査をしたが、回収率3割、加えて「労働組合に関わって何かをしたいと思える」という「組合関与」を求める組合員の割合は2割以下であった。これを相乗すれば、実質、労働組合への関心・関与は1割以下という、悲惨な結果だった。

 組合員の組合活動への無関心や参加の低迷、さまざま誤った労働組合観の流布等、現実をみても、わが組織は相当深刻な問題を抱えていた。問題を根本から考え直したうえで、組織を変革していかなければならないと、私は思った。

 二つ目は、考えていったことを、どのように組織運営に反映して実践していけばいいのかという問題だ。あるとき、会社が契約した人事コンサルタントと仕事をすることがあった。そのおり、わが組織の20周年のビジョンを診てもらった。コンサルタントいわく、「これは活動の柱を列挙しただけで、ビジョンとは言えない。」と。その後、専従役員の職責を改めて定めようとしたとき、このコンサルタント会社から、「期待される成果と役割」という概念を学んだ。いわく職責とは、ビジョン・戦略と目標、その実現に連関させて設定されるものだと、初めて知る。私たちの労働組合のレベルとは、こんなものだった。

 そのようなこともあり、30周年では、私の独善にならざるを得なかった面が強かったが、組織の総括を「正しい現状認識」として土台にし、「ビジョン・目標・戦略・中期政策・活動方針」という道具立てをして、打ち出すことができた。戦略の根幹は、「関与型組織への転換」にあった。組織の主体は、組合員であり、組合員が関わって何かをしたいと思えるようなあり方を徹底することを、すべての根本に置いた。もちろん、これらにもとづき、専従者各位の参加のもと、「期待される成果と役割」として、職責も再編成した。

 いま思えば、一連のこれらは、極めて不完全ながら、環境変化を踏まえ、組織を理解し、組織を変革し発展させていく過程として定義される組織開発であり、その遂行のための組織マネジメントではなかったかと思う。

 縁あって労働組合役員という仕事を担うことになり、自分自身は、その時間を価値あるものにしたいと考えた。だから、どうしても組織の問題を見過ごしたくはなかった。

労働組合総体としての現状

 その後、グループ労連、そして産別の役員となり、私は、多くの労働組合の方針・政策に触れる機会を得た。私の知る限り、労働組合組の方針は、雛形的・網羅的なものがほとんどであった。その組織運営についても、労働組合一般の雛形的なものの枠を出ないものが多かった。また、職場を覆う焦眉の課題や組合員の切実な思いなど、これらを強く感じる内容のものも、ほぼなかった。労働組合は、どの方面からも非難を受けない程度のやり方や在り方を大勢として、なにか形式的に運営されているように感じた。

 その後、連合の役職を得て、私は、職場からナショナルセンターまでの労働組合のキャリアを経験することができた。残念ながら、産別においても、ナショナルセンターにおいても、労働組合の取り組みの形骸化や停滞状況を、深刻な問題とする意識は薄かった。加えて、自らの組織の開発課題や、課題解決遂行のための組織をマネジメントするという意識も極めて希薄であった。

 働く者の「このように生き、暮らしたい」という思いの凝集点であるという労働組合の原理、「一人では成し得ない協同の課題を、集まって、責任を分け持ち、解決する」という労働組合活動の原点、「みんなで話し合い、みんなで決めて、みんなで実行する」という労働活動の基本としての組合民主主義といった、労働組合にとって根本的で基本的なことが、日本の労働組合の総体として、それらが蔑(ないがし)ろにされているように思えた。

 労働組合の原理・原点・基本を踏まえ、環境変化の認識と組織の正しい現状認識に立てば、労働組合にとって組織開発と組織マネジメントは必然となるはずだ。状況変化に対する不感症的無関心では、組織の発展は望めない。

労働組合の組織開発

 労働組合役員を退任し、私は、労働組合の研修を担う財団法人のアドバイザーとしての役割をいただいた。コロナ禍に見舞われたとき、この財団の研修事業は激減し、オンラインやビデオ研修で糊口を凌ぐも、厳しい減収・赤字に見舞われた。コロナ禍が明ける気配も想定できない時期、今後の労働組合の活動に向けてのプロジェクトに参加することができた。コロナ禍が仮に明けたとして、ウィルスは無くならず、対面での組合活動は、引き続き制限されるだろうと想定した。それを踏まえ、一つは、やむを得ず取り組んだオンラインやビデオでの研修の有効性や課題を整理し、今後の活動に生かす方途を検討した。

 二つ目に、制限される対面活動において、その有効性をどうやって高めるか、活動のあり方の技術的な側面について、識者を入れて検討することとなった。その話し合いのなかで、メンバーの組合役員が、「ところで、このような技術は有効だとして、それは何のために行うべきことなのかを問わなければならい。組織運営に携わっていて、役員自身が、それは何のためにやるのかを理解しないまま、活動が行われてしまうことが多い」と述べた。識者は、「それは、組織開発の問題だ」と、コメントした。私はこのとき、的を射たと思ったが、プロジェクトは、技術的側面の検討で終えることとなった。しかし、プロジェクトの検討内容を、冊子にまとめ、研修資料として活用することになり、私はくしくも、その編集を担わせていただいた。

 この冊子の後半に、私は識者の言質(前述)を足掛かりに、「労働組合の組織開発に向けて」と題して、問題を提起した。1)そこには、労働組合の敗戦後の経過と現状の組織の問題を提起し、いま労働組合は、組合民主主義の形骸化の克服と労働組合の社会的責任の発揮という二つの問題意識を念頭に置かねばならないとした。そのうえで、組織は、時々刻々変化する社会環境と働く人の思いや意識の所在に対応し、不断の組織開発に取り組まなければならないとした。そして、組織開発とは何か、その遂行方法として「ビジョン・目標・戦略・政策・計画」という組織マネジメントの基本の道具立てと、それをもとにした、マネジメントサイクルの駆動、戦略遂行に適う組織構造・組織体制・運営方法・人材配置等々、その必要性を体系的に解いてみた。

 あらためて、これまでの自分の実践経験を踏まえながら、組織開発と組織マネジメントの考え方を提起することができた。これは、私にとっては極めて貴重な学びの機会となった。2000冊ほど刷ってばらまいたが、残念ながら、反応はほんの僅かというより、あるかないかのレベルに、今のところ終わっている。

教えていただいてきたこと

 組織開発における基本的な考え方は、奥井禮喜先生の教えやその著作に学んだ。2)

 それは、組織は個人で構成されており、組織の活力は個人の活力の総和であること。そうあるために、個人への働きかけにおいて、人間が、人間として得難い自己認知を求める存在であるという人間性の理解を基底にすること。その個人が、現状に対する不満から、生き方や人生を変えたいという欲求の所在と、それ応えることができるという期待と希望とその実現の可能性の提示が必要であること。

 自分に置き換えて考えてみると、そのような組織の状況に見舞われてみたいと、書いていて、わくわくする。労働組合役員なのか、日本人なのか、総じて、人間としての欲求が薄弱に思えてならない。日本の労働組合総体の停滞状況の根本原因はここにあるのかもしれない。組織開発の核心の課題は、いかに生きるか、自分自身の欲求に目覚めてもらうことにあるのではないか。   以上

(参考文献)

1)『職場活動がみるみる変わる コミュニケーションデザインー新たな生活様式に対応した労働運動プロジェクト報告書』(公財)富士社会教育センター、2022年

2)『組合の思想と存在感Ⅱ』奥井禮喜、ライフビジョン、2002年