月刊ライフビジョン | 地域を生きる

「請願」を拒否する議会

薗田 碩哉

 80円―これは東京都町田市の図書館に割り当てられた市民の一人当たり図書購入費である。これがどの程度のものかは、多摩26市の平均の図書費が230円、東京23区の平均が226円であることと比べてみれば一目瞭然。前号で新図書館のオープンを紹介した、町田に隣接する多摩市のそれは480円。新館建設のため増額されたとはいえ、あまりの格差である(このコラムの4月号で詳しく紹介した)。

 少しでも図書館に関心のある市民なら、いくら何でもこれはひどい、平均並みとは言わなくても倍額ぐらいにはしてほしいと思うのは当然である。実際、図書費をケチるがゆえに、町田の図書館には新しい本がない、蔵書数が少ない、予約待ちの時間が長い、という不評が続出していた。そこで「町田の図書館活動をすすめる会」という老舗の市民グループが中心になって「資料購入費の増額を求める請願」を起草して春から署名集めを始めた。署名運動の出足はゆっくりだったが、「すすめる会」のメンバーが猛暑の街頭に立って市民に呼び掛けると、多くの人が「それはとんでもないことだ」「わが町の恥だ」「ぜひ議会を動かそう」と署名に応じてくれた。図書館活動を行っている全国の団体や活動家にメールを送ると、北海道から九州まで、全国津々浦々から署名用紙が束になって送られてきた。その数はあれよあれよという間に増えて8月末には3500筆に達した。我々は意気揚々と分厚い署名用紙のつづりを議会窓口に提出、9月の市議会での審議を待った。

 請願はまず市議会の「文教委員会」で審議される。筆者は「すすめる会」の一員として、元図書館長でこの運動の旗振り役のM氏と共に委員会に出席して請願の「趣旨説明」を行った。だだっ広い委員会室に入ると、委員長さんは細長~い部屋の反対側の正面に鎮座されていて、最近目が悪くなったせいもあってお顔もよく見えない。部屋の片側は文教委員の議員諸公が並び、反対側には図書館長はじめ関係するらしいお役人が居並んでいる。われわれははるか末席から趣旨を申し述べるのだが、与えられた時間は2人合わせてわずか5分、これを厳守せよという事務局の指示である。資料費増額という、こちらの趣旨は単純で明快だが、いろいろ説明したいこともあり、1人2分半ずつ早口でまくし立てて終わり。これはいくら何でも許しがたい、主権者たる市民のお願いなんだから、議会はもうちょっとじっくり聴く耳を持ちなさいよ。

 その後は議員からの質問の時間となり、こちらは時間制限などあるはずもなく、その質問に対して大きな声で「委員長!」と発声して手を上げ(そういう風にするよう事前に事務局から指示された)、それに答える形でもう少し言いたいことを追加できた。議員の中にはこちらの意図をよく理解して、助け舟のように質問してくれる人もいたが、多くの議員は、ぼそぼそと質問にもならない、訳の分からないことつぶやくばかり。最近は「電子書籍」の購入を増やしているようだからいいのではないかとか、図書館のサービスをよくすることも大事だとか、果ては、職員は経費が少なくてもよく頑張っているなどと発言するのもいた。当の事務方も、そんな発言に乗って、いろいろやってます、みたいなことを言うばかり。資料費が少ないことの問題点を正面から受け止める姿勢は皆無で、市民は余計な文句をつけるなと言わんばかり。そんな不毛な話し合いの後、採決になったが、何と賛否は4対4、最終的に文教委員長が賛成に1票を投じたので、かろうじて「採択すべきもの」として本会議に送られることになった。

 こんなわかりやすい請願さえも、委員会をかろうじて通過というのだから、われわれはみな、本会議ではどうなることか分からないと思わされた。そして9月の末の29日の本会議では、賛成15、反対20という結果になり、3500筆の願いも空しく、図書費増額の請願は不採択になってしまった。賛成したのは革新系の市民クラブと共産党、それに無所属の議員たち。反対に回ったのは自民党とその分派(内紛で2つに割れた)、公明党、維新などの諸派の議員。何のことはない、国政と同じ、左右の図式に図書館資料費問題もはめ込まれてしまったということだ。議員の中には、先般の市議会選挙の折には「図書館資料費倍増」を公約に掲げていたご仁がいて、われわれは彼の活躍? に期待していたのだが、ものの見事に「変節」して請願反対に回った。いったいどういうつもりなんだと、相方のM氏はさっそく彼に質問状を突き付けた。さてどんなお答えがいただけるものやら。

 東京の区市49自治体の中で最低の図書費を少しでも改善しましょうというのは、右も左も文句のつけようのない主張で、いくら何でも採択はされるだろうとは思っていた。問題はその先で、それをいかにして役人たちに実行させるかが課題だと考えていた。採択はされても、当局はカエルの顔に何とかで、おおよそ実行する気がないという状況は、これまでにもいくつも見せられてきたからである。ところが案に相違した不採択。しかし、筆者はこれを好機ととらえている。実のところ採択されると、運動の側は「勝利」したとばかり安心して、勢いを失ってしまいかねない。しかし、こんな当たり前の要求にさえ、聴く耳を持たない議会や当局、執行責任者である市長に、多くの市民は改めて疑問や怒りをぶつけたくなるはずだからである。いったいどういう論理で、この請願を不採択にしたのか、その問いを議員連中に突き付けるイベントに取り組まなくてはならない。それを踏まえて「いい本を読みたい」という市民の文化的な要求を軸に据えた、市政の改革運動を前進させたいと願っている。

《地域のスナップ》  親子みんなで作ったカカシ

 どこまで続くかという猛暑の田んぼで、例年のカカシづくりを行った。集まったファミリーがそれぞれ1体のカカシを作った。お父さんは汗だくでカカシの骨組みを作り、母親や子どもたちは、家から持ってきた古着や古布を着せ、胴体に藁を詰めて仕上げていく。出来上がったカカシを棚田のあちこちに立てると、いよいよ実りの秋を迎える。


 薗田 碩哉 1943年横浜生まれ、東京大学文学部卒。(財)日本レクリエーション協会で、広報、調査、人材養成等を担当、1996年から実践女子短大教授として余暇論・遊戯論等