月刊ライフビジョン | 地域を生きる

新しい中央図書館の人気

薗田 碩哉

 東京都多摩市に新たな中央図書館が7月1日にオープンした。多摩センター駅から徒歩7分、わが住むマンションからは徒歩3分という至近距離。広大な芝生の広がる中央公園のへりにあたる斜面を削り込んで、斜面にはめ込むように作られた、大きく婉曲した馬蹄状の建物である。したがって4層の建物なのだが地上から見えるのは2階分だけ、書庫や作業場は地面に埋め込まれている。坂の途中の1階から入ると、そこは書架が並ぶ静かな、当たり前の図書館だが、入口正面のエスカレーターを上がった2階は中央公園にもつながるガラス張りの明るい空間で、子どもの本棚が並んだその先はお話の部屋、ティーンズコーナー、雑誌のコーナーもあり、コーヒーや軽食の出るカフェが設えられて、公園に向かって開かれたテラスで談笑もできるようになっている。

 図書館というと静謐が求められ、下手におしゃべりもできないのが一般だが、本をめぐって(めぐらなくても)仲間がいればあれこれ話をしたくなるのも人情である。そこでこの図書館では、1階は静謐、2階は談話可、お話し会も開けるという棲み分けをしたわけだ。それにガラス張りの壁に向かって読書用のテーブルが並び、隣りとはボードで区切られて落ち着いて本が読める。特別に仕切られた静寂読書室、研究席や個人研究室、予約すればグループ研究室や活動室も使うことができる。読書を核にしたいろいろな活動のニーズを踏まえた、きめの細かい設計と言えるだろう。新図書館の計画・設計には市内に在住していたノンフィクション作家の柳田邦男氏をリーダーとする市民の委員会が結成されて、広く市民の声を集めてプランを練った。そのアイデアは随所に生かされている。

 それまでの中央図書館は、廃校になった中学校の校舎を流用した、だだっ広いけれどいかにも学校じみた陰気な雰囲気で、駅からも遠かった。それに比べて新図書館は、開放的で明るく、設備も最新式で駅にも近い。人気は上々で、初日の入館者は1万1千人を超えたという。筆者もその日に行ってみたが、図書館とは思えないほど文字通り雑踏していた。その後は次第に落ち着いてきて大混雑というほどではないが、昼も夜もそこそこ人が集まっている。夏休みということもあって、受験勉強の学生はじめ、絵本探しの親子連れや猛暑を逃れて涼を求めてやってくる高齢者(筆者もその一人)たちで賑わっていて、読書席を見つけるのには苦労する。カフェのコーヒーは1杯250円で値段もお味もまあまあリーズナブル、本に囲まれてコーヒーを味わいながら、新着の雑誌などをのんびり眺める気分は悪くない。全体に新図書館の評判は上々で、45億円もの経費を投入した意味はあったのだろうと思われる。

 市民生活の中で図書館の占める位置は決して低くはない。水道や電気・ガスなどの生活インフラ、暮らしの安全、保健衛生、ごみ収集、そして公園やスポーツ施設と並んで知的インフラとして市民の精神生活の支えになる図書館も必須の施設である。多摩市の場合は中央館に加えて5つの地域館があってネットワークを組み、訪ねた館にない本でも他館にあればすぐに(早ければその日のうちに)探して届けてくれる。学術書から一般書、文芸作品、新聞雑誌に映画のCDまで、その気になれば読書の幅を自在に広げることができる。今ではどこでも図書館の所蔵図書のオンライン検索ができるので、必要な本を自宅のパソコンで探して注文しておけば、ほどなく案内が来て指定の図書館で本を受け取ることができる。仕事でも余暇でも、このサービスを利用しない手はない。

 公共施設のうちで、生活インフラ関係はどこの町でもそれほどの違いはない。公園やスポーツ施設などは、町によって数にバラツキはあるものの、それほど極端な差ではないと思う。ところが図書館については、館の数にしても蔵書数にしても司書の配置にしてもかなりの格差があるように見受けられる。多摩市が新図書館を建設して「本を読む市民」の拡大に努める一方で、隣接する町田市では図書館の廃止や民営化に移行する計画が着々と進んでいる。それを反映して両市の図書館の資料購入費は、市民一人当たり町田市は80円なのに対して多摩市は何と480円、1対6という激甚な差異がある。これは図書館サービスの公共性に対する市民の理解と支持の差と言うべきだろう。

 この欄でも何度も取り上げたが、町田市の資料購入費は東京都23区と26市、49自治体の中で最低であり、その増額を求める署名運動を行ってきた。8月末までに集まった署名は3200筆、これを9月議会に提出して検討を求めることになる。議会と市当局はどんな反応を見せるか、「コモン=公共財」としての図書館に対する認識が問われている。


[地域に生きる 2023年9月] 新設の多摩市中央図書館      

 中央公園に張り付くように作られた新図書館、ガラス張りで明るく、1階が「静かな図書室」2階はおしゃべりもできる交流型の図書室になっている。