週刊RO通信

野党はポーズよりも「質」が大切

NO.1448

 野党の支持率が低迷し容易に上昇しない。なんといってもメディアの露出度が少ない。野党はただいま、政権も、内閣も、行政も担っていないのだから、国政上の動向では議会質疑中の報道くらいである。あるいは、政局動向として扱われることが多い。政局問題は、それなりの興味を誘うが、ドタバタ的内容が少なくないから、信頼感向上に直結しにくい。

 スポーツにたとえれば、ベンチウォーマーみたいである。出番が少ないのが悩みである。たまの出番で、目が覚めるようなヒットを飛ばしたいのは山々だ。しかし、100発100中の砲1門と、100発1中の砲100門のいずれが有利かという話と似ていて、やはり100門が断然有利である。

 他人の顔色をうかがうのは人の宿命みたいなもので、まして政治家は人気商売である。世間が、われわれをどのように見ておられるか。野党政治家としては、いつも悩ましい。安倍氏のように、不祥事で追い込まれると、政治はそっちのけ、緊急性のない理由で解散に打って出る。旗色悪くなると将棋盤を蹴っ飛ばす手合いだから、野党は解散対策にも傾注せねばならない。

 解散権は本来、首相や与党の都合で行使するものではない。三権分立では、立法の議会が優先するが、いまの与党内閣による解散は、あまりにも党利党略が目立つ。議論していただく議員のクビを切ってしまう。実質的に行政が立法議員の生殺与奪の権を握っている。この間の政治を見ると、議会が内閣の都合で好き放題に扱われている。議会政治の軽視が極まっている。

 衆議院議員選挙の費用は600億円といわれる。議員任期4年間をまっとうせず、選挙をおこなうのは、本質的に税金の無駄遣いだ。ときの政権の都合で解散するなど、ステーツマンシップに背く、権力乱用である。議会の時間喪失、議員が政策研究に打ち込むべき時間の喪失、選挙活動に投じられる数多の人と手間を考えれば、よほどの事態以外解散すべきでない。

 イギリス議会下院は2011年に、議会任期固定法が採択された。これによると、議員任期は5年。解散は、内閣不信任案が可決された場合と、下院議員の2/3が賛成して解散を決議した場合以外は、原則任期中の解散がない。議員の仕事は議会での論議であり、日本流「常在戦場」のように、選挙が目的にならないようにした。さすが議会政治のお国柄だ。

 また、影の内閣(shadow cabinet)制度が確立しており、党内の仕組みではなく、公職として予算が計上されている。議会こそが民主政治の基盤だという精神が形にされている。イギリス下院審議を見ると、岸田氏のようにペーパーを朗読している議員はいない。実にいきいきと議論している。議論によって政策をできるだけ高みに持ち上げようという精神である。

 わが国では、野党が批判ばかりしていると批判する。これは、追い込まれて困った与党辺りから出ているのではないか。支持率が上がらない野党は困惑する。わが党は「批判政党」ではなく、是々非々の「提案政党」であるなどの弁解をしなければならない。しかし、これらはいずれも野党が備えるべき資質であって、批判型か提案型かという弁別は有意義ではない。

 議会は、有権者の代表であり、立法に携わるのであり、行政の監視をおこなう。批判も提案も、その1つの側面である。批判が重箱の隅をつつくようなものではならず、提案が骨組みでなく、細部をいじくる程度ならば、まあ、与党提案に追従するだけであるから、野党の任務放棄になる。批判も提案も、中身=質が問われている。表面的なポーズはどうでもよろしい。

 政治の公約がばんばん提供されるが、それが実行されて、どのような結果になったかについてのフォローが非常に少ない。Plan→Do→Checkの大切さを知らない人はいないだろう。政治の公約について、くっきりとしたPDCがおこなわれないのは、議会政治の大欠陥だ。まさに、野党としての「質」を発揮する視点が、ここにある。

 安倍氏が、プーチン氏と27回会談した。プーチン氏の権力が万全な、いまが北方領土交渉の好機だとした。交渉は後退的に中断した。安倍・プーチン交渉の経緯をチェックするべきだ。完全に相手を読み間違えた。ウクライナ侵攻について、米欧に追従し、断乎抗議する、制裁だと形を作るだけでなく、甘すぎた外交について、ぜひ与野党の気合の入った論議を聞きたい。