月刊ライフビジョン | 家元登場

お騒がせのフライング

奥井禮喜

栄達の道

 自分の目的を達成するためには、目的を頭に叩き込んで、寝ても覚めても目的達成のために活動するのがいちばんだ。もちろん、誰が見ても「すごい」というような超人は別である。超人はいない。浮世はドングリコロコロばかりだから、並みのドングリ集団を前提した話だ。そうすると、仕事が堪能だから出世するのではない。仕事堪能な人は、指示待ち族でなく、挑戦的であり、必ず与えられた枠内からはみ出す。ガンガンやっている途中で他人と小競り合いするとか衝突しやすい。だから成功するとねたみを買いやすいだけではない。プロセス抜きに達成した成果をみると、「たいしたことない」ようにもみえる。だから与えられた仕事をそつなくこなして、目立たないのが大事である。そつなくこなすというのが一筋縄ではいかない。競争関係者からは一目置かれず、むしろ軽くみられるほうがよい。ただし、上司にはきちんと評価していただくように工夫せねばならない。

独裁への道

 フラインくんは、まさに出世の達人である。周囲の連中が気づいたときには、総司令官のポストに座っていた。出世とは、忍者の心構えをもたねばならぬ。小柄で、風采もさして上がらず、寡黙でほとんど目立たない。お世辞抜きに実直な事務員にしかみえない。もちろん、これは外観であって、彼の頭の中というか、燃えたぎる胸中を覗けるものではない。いまに至っても見事にポーカーフェイスを貫いているのは、並みのキャラではない。彼にとって、人生を預ける世界は軍隊である。軍隊こそがすべてであり、生きがいである。滅私奉軍であるから、クーデター後もほとんどメディアに登場しない。東条英機流でいうならば、「不肖フラインはタトマダウ(国軍)の舵手に過ぎません」という次第で、国軍に逆らう者はのこらず暴徒である。国軍のシステムの暴力も、少しずつ整然と計画的に強化して、権力の威容を知らしめる。民主主義を守るために活躍する国軍の姿ではない。

建国の父

 官僚システムにおいて、出世することを目的としてきた人物が、最高権力を掌握した。フラインくんの胸中でたぎるのは、権力を駆使して英雄たらんという野暮、いや野望である。彼の脳裏をよぎるのはアウン・サン将軍(1915~1947)の雄姿であろうか? 将軍は面田紋次という日本名ももつ。太平洋戦争中、日本軍の後押しでビルマ独立を期待したが、どうも怪しい。日本軍の敗色濃い1944年8月、「日本軍による独立はまやかしだ」と意思表明して、連合国軍に協力する。しかし、戦後の45年9月には、英国はビルマを植民地にしてしまう。再び独立への活動に専心する。ビルマの独立は48年1月4日であるが、将軍は独立の日をみることなく、47年7月19日に政敵によって暗殺された。いまも、将軍は「ビルマ建国の父」としてミャンマーの人々に敬愛されている。しかし、フラインくんが熱烈な愛国者であるとしても、歴史の歯車を後ろに戻したことは遺憾千番である。

隠退のススメ

 フラインくんが、軍隊の官僚組織を平穏に上りつめた事実自体が、アウン・サン将軍の時代とは異なるからだ。失礼ながら、将軍の時代であれば、軍人官僚としてのフラインくんが国軍最高位に辿り着けなかっただろう。平凡な官僚精神の熟達者はとても英雄にはなられない。国軍のトップに到達することと、大事をなす英雄になることとは、天地の違いである。極論すれば、たいした仕事をこなさずにトップに就いたのであって、天下を驚かすような仕事をする能力を有しない。「少年よ、大志を抱け」ではあるが、いかに官僚組織規律に堪能であっても、国をつくることはできない。その証拠に、民主主義を守る、憲法を守ると御託を並べて、国民に銃口を向けている。2017年にロヒンギャを追い出したのが、フラインくんの成功体験!になっていはしないか。予定通り、今年引退すべきだった。


奥井禮喜
有限会社ライフビジョン代表取締役 経営労働評論家、OnLineJournalライフビジョン発行人