月刊ライフビジョン | LifeVisionSociety

働き方改革の源流を探る 報告1

ライフビジョン学会

 春闘では賃上げと並んで正規・非正規の格差問題など、働き方改革を巡る動きが注目されます。

 ライフビジョン学会は2019年2月23日(土)午後、国立東京オリンピック記念青少年センターにおいて働き方をめぐる公開研究会を行いました。

―――――― プログラム ――――――

       講演1 「同一労働同一賃金の課題について」 社会保険労務士 石山浩一

             (報告1/月刊ライフビジョン2019年4月1日HeadLine)

       講演2 「賃金労働の源流について」 有)ライフビジョン代表 奥井禮喜

             (報告2/月刊ライフビジョン2019年5月1日HeadLine)

講演1「同一労働同一賃金の課題について」 社会保険労務士 石山浩一

石山浩一 特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。   http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/

 労働契約法に基づく無期雇用労働者と有期雇用労働者の労働条件格差に対する裁判所の判断が報じられています。判決は大きく分けて無期雇用と有期雇用との手当の格差と、60歳定年後の再雇用時の基本賃金の格差があります。  同一労働同一賃金の主な判例一覧

1、事件の概要

 ① メトロコマース事件 ――― 東京メトロ子会社の契約社員4人が、正社員と同じ地下鉄売店で業務をしているが、正社員との待遇に格差があるのは労働契約法の「不合理なもの」に該当するかが争われた。契約社員4人が同社に差額賃金など4560万円の損害賠償を求めたが、東京地裁の吉田裁判長は「正社員とは業務内容や責任の程度に大きな違いがある」として同法違反には当たらないと判断、差額賃金や慰謝料請求を退けた。しかし、19年2月東京高裁はこの判決を変更し、退職金は長年の勤務に対する功労報酬の性格があり、正社員の1/4を支払うべきと判断した。さらに住宅手当や報奨金格差の格差は不合理として1人当たり、約66万円~約87万円の支払いを命じた。

 -1 日本郵便事件(東京高裁) ――― 郵便事業に携わる3人の契約社員が正社員と同一内容の業務に従事していながら、手当等の労働条件について正社員と相違があることは労働契約法に違反するとして争われた。手当の格差等1500万円を求めたのに対し、白石裁判長は一審が支払いを命じた年末年始勤務手当の8割、住居手当の6割を同率の支払いを命じた。さらに病気休暇及び冬期・夏期休暇を与えないのは違反していると判断を示している。
 一方、正社員と契約社員の間で賃金制度の違いがある外部勤務手当、早出勤務手当、祝日給、夏季・年末手当、賞与などは不合理な相違とはいえないとして退けた。

 -2 日本郵便事件(大阪地裁) ――― 日本郵便の契約社員8人が正社員と同じ仕事なのに手当などに差があるのは労働契約法違反だとして、会社に未払い賃金約3100万円の支払いを求めた。これに対し内藤裁判長は一部の手当について「契約社員に支給がないのは不合理」として会社に約300万円の支払いを命じた。
 一方、正社員と同じ地位にあることの確認を求めた請求については「不適法」として却下し、正社員と同様の夏期・冬期、病気の各休暇が取得できるかの判断は示さなかった。

 ③ 九水運輸事件 ――― 卸売市場で働くパート社員4人が、正社員と同じ仕事をしているのに通勤手当と皆勤手当に格差があるのは、労働契約法に違反すると未払い賃金120万円の支払いを求めた。これに対し鈴木裁判長は「相違は不合理」として請求をほぼ認め、会社側に112万円の支払いを命じた。

 ④ 井関農機事件 ――― 正社員と同じ業務なのに手当が支払われず賞与に格差があるのは労働契約法に違反するとして、グループ会社2社の契約社員5人が未払い賃金約1450万円の支払いを求めた。これに対し久保井裁判長は契約社員と正社員の間に「業務の内容に大きな相違があるとは言えない」と認定し、住宅手当や家族手当のほか、年齢に応じて生活費を補助する物価手当、精勤手当の不支給は「不合理な待遇格差」に当たるとした。一方、賞与の格差については契約社員も10万円程度が「寸志」として年2回支払われており、「優位な人材の獲得と定着のために一定の合理性が認められる」とした。

 ⑤ 大阪医科大学事件 ――― アルバイト職員として16年3月まで3年2カ月間時給制で働いていた50代女性が、正職員と同様に毎日出勤して教職員のスケジュール管理など行っていたのに、賞与、休暇制度に差があるのは違法だと大学に賞与など約1270万円の支払いを求めた。江口裁判長は大学の正職員に支給される賞与は年齢や成績が連動せず、一定期間働いたことへの対価の性質があると指摘、賞与が一切支払われないのは不合理と判断。夏期休暇と病気休暇も待遇差は不合理と認定した。その結果一審判決を変更し、正職員賞与の6割となる70万円の賞与分を含む109万円の支払いを命じた。

 ⑥ ハマキョウレックス事件 ――― 契約社員として働く労働者が無事故手当は「安全運転の必要性は正社員と変わらない」とし、給食手当も「勤務時間中に食事が必要な労働者に支給する趣旨だ」などとして、無事故手当や給食手当など5手当の支払いを求めた。これに対し1審は通勤手当だけを不合理としたが、2審では4手当を不合理と認定。さらに最高裁は皆勤手当も不合理と認定した。

  長澤運輸事件 ――― 定年後の再雇用で正社員時代と同じ仕事をしているのに賃金が減ったのは違法だとして、横浜市内の運送会社で働くトラック運転手の3人が正社員との賃金差額約415万円の支払いを求めた。これに対し東京地裁は減額分の支払いを命じた。しかし、東京高裁は定年後に賃金を下げることは広く行われており、不合理とはいえないとした。最高裁も賃金の低下は合理性 があるとし、精勤手当不支給のみ不合理とした。長澤運輸正社員再雇用者賃金比較

2、再雇用に関する判例

 ① トヨタ事件(2016年9月28日・日経新聞) ――― トヨタ自動車に勤務する63歳の元従業員が再雇用後の職種として清掃業務を提示されたのは不当として、事務職としての地位保全と賃金支払いを求めた裁判で、名古屋地裁岡崎支部は「男性は事務職として採用される基準を満たしていなかった」として会社側の主張を認め、男性の請求を退けた。しかし、控訴審の判決で名古屋高裁の藤山裁判長は「継続雇用の実質を欠き、通常解雇と新規採用に当たる」とし、一審の判決を一部変更して、約120万円の賠償を命じたが地位確認は認めなかった。藤山裁判長は定年後にどんな労働条件を提示するかは、企業に一定の裁量があるとしたうえで「適性を欠くなどの事情がない限り別の業務の提示は高年令雇用安定法に反する」と指摘している。

 ② 九州惣菜(北九州市)事件(2018年3月1日) ――― 60歳まで正社員として働いていた女性が定年を迎えた際、パート勤務で定年前の賃金の約25%とする労働条件を提示された。女性はフルタイム勤務を希望したため再雇用契約は合意に至らず退職となった。これに対し福岡高裁は再雇用について「定年前後の労働条件は継続性・連続性が一定程度確保されることが原則」との判断を示した。そのうえで75%減額の労働条件は「継続雇用制度の趣旨に反し、違法性がある」との判断をしたが、支払いと地位保全は認めず100万円の慰謝料と遅延損害金の支払いを命じた。この判決に対し原告、会社ともに上告したが最高裁は双方の上告を不受理とし、高裁の判決が確定した。

 ③ 長澤運輸事件 ――― 前述

3、判例から考える対応策

 1)手当の趣旨と不合理性の確認
 労働条件の相違は、職務の内容及び配置の変更範囲、その他の事情を考慮して判断される。正社員に支給されている各種手当の趣旨が非正社員に支給されていないことへの不合理性を検証する必要がある。

 2)不支給が不合理と認定された手当の廃止と正社員の賃金引き下げ
 ① 日本郵政グループは、正社員22万6500人のうち、引越しを伴う異動のない一般職2万人中5000人を対象に、18年10月から段階的に住居手当を廃止する。最大で月27000円を10年かけて毎年10%減らす。また正社員のみ対象の寒冷地手当、遠隔地手当も削減する。
 一方で、正社員のみに限られていた年始手当1日当たり4000円を約20万3000人の非正規社員に支給。非正規社員に病気休暇を新設するほか、ボーナスを上積みする。これらの改善で正社員の待遇が下げられるため、正社員の初任給を一般職6300円、地域基幹職4700円を引き上げて対応すると報じられている。
 ② NTTは正社員と非正社員とに待遇差があった福利厚生制度を見直し一本化した。さらに正社員だけが対象だった月額3500円相当の「食事補助」を廃止して、フルタイムの契約社員を含めた同額の「サポート手当」を新設している。

 3)非正社員の労働条件引上げ
 これまでの裁判で不合理と判示された手当を非正社員にも支給する。当然人件費の増加につながってくるが、勤続年数の向上や人手不足の解消による業績向上が考えられる。

 4)非正社員用の就業規則の効用
 労働契約法第20条は有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が同一のものとなる旨を定めていない。そうすると有期契約労働者用の労働条件の定めがあれば、無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象者である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないとの解釈が可能である。

労働運動の弱さカバーを

―――― 講演を受けた参加者による意見交換から ――――

 Iさん/私も60歳以上なので1年ごとの労働契約を結んでいるが、労働条件に不服があればいやだと主張すればよいのにと思った。

 奥井/ライフビジョン 対等契約といいながら、経営は「イヤならやめればよい」と言ってくるから、労使は対等に交渉できない。組合の中で就業規則、労働契約を組合員に周知徹底が図られているのか。労働条件について組合員の納得性はあるのか。そこの活動ができていないのではないか。

 Hさん/産別労組職員 一般組合員には機関紙かHPしかないので、周知度は不明ですね。私は単組でそういう活動をしていたので、いまさらの感があります。

 奥井/正規非正規を分けている建前に対して、合理性があるかどうかの判断になっている。非正規自体がおかしいかどうか、労使関係で検討していない。ここに労働運動の弱さが出ている。大手組合はともかく、中小はよほど勉強しなければ太刀打ちできない。労働組合の産別、県支部の出番である。

 Hさん/人事制度変更時にはそれをやらなければならない。300-500人規模の会社では人事担当者が迷っている、そこに組合が行って話をしないと、社員の誰かが訴訟をしたら労使共に不幸になる。

 奥井/客観情勢からしたら、正規非正規の格差が縮まる方向になければならないが、その「見えざる手」が起こってこないから裁判が起こる。この辺に組合運動のパワーダウンを感じる。

 石山講師/格差の訴えは住宅手当など、細かいのです。

 Mさん/公務員の場合、広域で人事異動をするから各省庁に官舎がある。

 Hさん/転勤者住宅として用意がある会社と、昔の社宅のあるところ、企業の成り立ちによって考え方が違うだろう。流通出身の全国どこでも移動するという職員には、転勤者住宅という概念があった。

 奥井/1960年代は、住宅手当は転勤有り無し関係なく、役職者にはそれようの社宅がある。後半は持ち家が増えるが、持ち家も含めて住宅手当である。いまどき手当てがたくさんあるのは、昔の電産型賃金*の名残です。

*「電産型賃金」は基本給に仕事給、生活、家族などの要素を盛り込んでぞろぞろ長くなり、「金魚のウンコ」と言われた。それをベースに年功型賃金体系を作り上げるなど、賃金体系がはっきりしていた。時代が下ると格差の根拠は正規非正規など雇用契約にシフトし、各人の労働力の価値が定義できなくなっている。

賃金制度は複雑にするほどダメになる

 奥井/ただ、小さいところほど手当て方式にしたほうが、原資を上手く使えるから、それが残っているのだろう。大手は一本化し、地区差も無くしてきた。

 経営側にすれば原資の問題なのだが、組合の中の最大関心は配分だ。他人が自分よりたくさんもらえば腹が立つ、いままで少なかった人が上がってくればまた、腹が立つ。これが最大の問題だ。(笑い)

 Oさん/私は小売流通にいます。2年ぐらい前から短時間正社員という、非正社員が正社員化されている。当社ではいま、正社員、リージョナル社員(パート契約としてシフト勤務、転勤なし)、転勤が無い正社員と、正社員の種類が増えてきて、正社員間で差がつく。正社員はどこでも行かなければならないので住宅手当が付く。

 最近は正社員にしないと人が集まらない。定年雇用にして賃金体系が違う、それは合理性があるのだと。

 石山/あくまで労働自体が一緒ならば同一労働同一賃金だが、それが違うと均等待遇でなく均衡待遇。労働時間に応じた採用にしてあれば問題ないが、均衡になっていなければ格差になる。

 奥井/正社員でどれぐらいの人が転勤するのですか。

 Oさん/当社は800店舗で1年に800人の店長職が入れ替わる。海外には1000人ぐらい動き、海外要員国内要員の別は無い。賃金形態は同じだが、国によって危険手当とか、動いている人には借り上げ社宅とか、手当てで差が付く。

 奥井/住宅手当もそこで生活できればよいのだから、安い地区なら安い手当てとか、北海道なら寒冷地手当とか、動くときに十分な手当てをすればそれでよい。その人をそこに配置するための総額管理があるならば、賃金総額の関係で名目を手当てにしている。複雑にすればするほど、賃金制度はダメになる。

 Hさん/うちは住宅手当でなく会社が転勤者住宅を用意している。そこに入ったらその使用料を組合員が払う。東京でも青森でも、このステージの仕事はこの値段と全国一律になっているので、手当ては無い。

 石山/私の元の会社では、勤務地手当があるのは東京だけ。東京の人が川越に転勤しても、川越には勤務地手当ては付かない。ならば止めてしまえとなり、払っている原資を基本給に振り向けた。結局、勤務地手当をもらっている人からずいぶんクレームが付いたけど。(笑い)

 奥井/電機業界では大体3段階に分けて差をつけていたが、70年代に地域差を無くした。

 Mさん/公務員は勤務地で変わる。同じところに住んでいても、勤務地が水戸の場合と東京の場合で、大きく違う。

 Oさん/NTTの正規非正規社員間で福利厚生制度の待遇差がある。これも差があってはだめなのか。実は当社で、正社員は500円、パートは300円でアウトソースしているのだが。

 石山/それはたぶんダメでしょう。ガイドラインが強くなっている。業務とは関係ない差はダメ。労務就業の内容、その他の事情、どれをとっても「差をつけてよい」という事由にはならない。

労働組合が非正規のための取り組みをする! 本当ですか?

 Mさん/不思議に思ったのは、組合は正社員の権利を守るためのプロジェクトを持っていて、組合が非正規のための取り組みをするって、本当ですか? あまりニュースにならないから、僕は正社員の既得権を減らさないようにがんばっているのかと思っていた。

 奥井/正規が非正規を守る運動をするのは、60-70年代の組合では常識ですよ。全ては労働者だから。(笑い)いまは皆が入れるようにしている。国内最大の産別労働組合であるUAゼンセンは、非正規を組合員化しようとしているのだ。こういうところも宣伝しなければいけないね。

 Hさん/UAゼンセン傘下の中小小売りは組合員化の取り組みしているが、JCとか大手産業がやらないので目立たない、ニュースにならない。自動車、鉄鋼労連とかの労働力はあくまでも期間工で、今回のトヨタの賃上げもそうで、やらない。

 Mさん/いまインターネットには「労働貴族、良いなぁ」なんていっぱい書いてありますよ。正規社員の権利を守って他の人を排除して、のんきなもんだ、と。労働組合もインターネット対策をしたほうが良い。

 奥井/「労働貴族」とは1960年代、活動が盛んなときにも言われた。宣伝戦には負けている。それ以上に、日経新聞には産業部はあるが労働部は無い。産業部は会社に行って取材して、ついでがあれば組合に行く。自分の問題意識を持ち、労使両方から公平に聞く記者はいない。すでに80年代、日経産業部記者が私のところに勉強に来た。ボーナスとは何ですか、賃金とは何ですか、と。90年以降、来なくなった。組合担当者が本気でしゃべっても、記者はどれほどわかっているのか。

 Hさん/私のところにも春闘になると、勉強して来いと言われた記者が電話で、定昇ってのは何でしょう、と聞いてくる。定期昇給とベースアップというのがありましてと、コチラも説明する。ここに行けばちゃんと教えてくれるとなると、寄ってくるから、いっぱい呼んできて会長にしゃべってもらって、ここはこういう意味でこう書いてほしいと教えて、上手く書いてもらえるように誘導している。

 Iさん/いろんな手当てがあるが「精勤手当」って何ですか。休日以外は出勤を奨励する趣旨で、精勤手当てがあると? 「怠ける権利」はどうなるのですか?

 奥井 そんなこと言う人がいるから、精勤手当てが要る(笑い)。

 Hさん/ひと月20日間の労働日を丸々出勤すれば、皆勤手当てが出るのですよ。

 Sさん/いま自動車の期間従業員の募集広告を見ると、一年間出てくれば精勤手当て100万だそうで、それに対して社員のほうはどうかと…。(笑い)

 奥井/いま言っているのは同一職務同一賃金ではないのだ。同一職務同一賃金と、職務で正規非正規を分けているから、判決が出ているのだ。だから労組は、同一労働とは一体何か、正規非正規を含めて、その話ができるぐらいにならないと、本気では戦えない。

 経営側が次から次に出してくるものに、どこかで歯止めをかけなければいけない。何とかせなあかんな。うーん。

――― 続きは次号で 文責編集部