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おせち作りから学ぶこと

渡邊隆之

 いよいよ師走になった。筆者には年末に毎年恒例の行事が控えている。おせち作りである。最近は、自宅でおせちをつくる家庭は少なくなったようである。女性陣からも「最近はつくってないなあ」「つくるのが面倒」との声を聞く。市販のウン万円の三段重ねのように決して立派なものではないが、8品程度の手作りのおせちと年越しそば、お雑煮で我が家は新年を迎えている。

 筆者がおせち作りを続けているのは、料理に込められた思いに共感するからである。こぶ巻きは「喜ぶ」、ごぼうのたたきは「多々喜」、黒豆は「まめに働く」、数の子はニシン(二親)から生まれた沢山の卵、「子孫繁栄」の意味がある。この1年をなんとか無事に乗り越えられてきたことに感謝するとともに、新たな年が穏やかであるようにとの祈りが一品一品に込められている気がする。おせち作りは先に鬼籍に入った親戚たちとの大事な交流の時間でもある。

 母が他界して10年になるが、その時に活躍していた料理道具は今も現役である。筆者が母の手伝いの際に見覚えたつくり方のみならず料理の味付け、交わした言葉など、当時の記憶を何度も噛みしめて濃い時間を過ごすのである。のみならず、その道具や道具をつくった職人さんにも思いが及ぶ。母の若い頃からの道具だから、もう他界されているかもしれない。しかし、その職人さんの思いや技量は道具を通じて今も生き続け、私たちの生活を笑顔にさせてくれている。とても有難い。

 さて、今に目を移せば11月27日、審議時間17時間という短さで、入国管理法改正案が衆議院を通過した。この件で山下貴司法務大臣は「法律の大枠は定められた」と言及する。しかし、過去の技能実習生・外国人労働者の低賃金・過重労働・失踪・今後の社会保障等の問題についてなんの処方箋も示されておらず、十分な審議が尽くされていない。不都合な点は自ら討議せずすべて官僚に丸投げして、国民の監視が及びにくい政令・省令・規則等で定めるという。これでは国会議員は要らない。代議制(憲法43条)を採用した趣旨に反する。

 また、国会は国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関とされる(憲法41条)。ここで、「立法」すなわち法律で定立すべき事項については、一般的抽象的法規範(法適用対象の人・事件が不特定多数の場合)と広く解し、単に国民の権利義務に直接関わる事項に限られないと考える。法的安定性・予測可能性が担保され、より人権保障に資するからである。今回の「法律の大枠は定められた」との発言は、国民の予測可能性が担保されたといえないので説得力を持ちえない。水道民営化法案、消費税増税と軽減税率等についても同様である。
 少子高齢化・地域の過疎化等の課題を長年放置してきた自民党とその腰巾着の公明党に、筆者は今までもこれからも期待することはないと思う。

 入国管理法改正案の件では、「外国人が入ると国の治安が悪くなる」というネット上の書き込みを目にするが、この国の企業の労働環境(外国人は安く使えるという風潮)や国の制度がいけないのである。経団連は安い労働力をお求めのようだが、一度縫製工場で外国人労働者と同一の労働条件で働いてみるといい。現場を知らない者の意見ほど空虚なものはない。

「人を大事にし、モノやサービスを通じて人を幸福にすること。」おせちの道具を毎年使う際に自問自答し、この一年を内省する。それが私にとって、おせちを作るということなのである。