週刊RO通信

企業賃上げ表明の意味、組合は!

NO.1540

 まだ春闘が本格化していないのに、有力大企業の賃上げ表明が続いている。もちろん、大企業は社内蓄積が大きいのだから、賃上げをするのは当然でもある。絶対に賃上げできないと頑迷な主張をするより上等であるが、その意味や影響を少し考えておくのも無駄ではなかろう。

 目下、消費者は物価高に悩まされている。有力大企業は好業績であるが、消費が伸びなければ経済の好循環が定着しない。経済が自力回復しなければいつまでも円安が続く。資源・エネルギー・食料を輸入に依存するわが国としてはなんとしてもそれを避けねば、物価高を克服できない。

 現実に、日本経済はどんどん下降し続けている。国債発行残高が1,000兆円超、GDPの2倍超というのだから借金まみれである。経済大国は昔の話だ。金融不安が忍び寄る。素人でも嘘寒く感じる。

 安倍内閣下の財政政策、日銀の金融政策は、いまではまずかったというのが主流だろうか。そうだとしても、そこから抜け出すのは容易でない。とくに金融関係者は理屈はともかくも、自分たちの経営(金融)環境が激変してほしくない。安倍や黒田が無茶をやったと理屈づけても、それとこれとは別で、新たな激しい変動はなんとしても避けたい。

 金融政策はじわじわと柔軟に変化させるものであろうが、心配は日銀だけではない。世界の情況・環境がどのように変化するか。ウクライナ戦争、イスラエル・パレスチナ戦争も先の見通しがまったく立たない。

 戦争そのものを極地限定して考えても、世界貿易は大きく変調をきたしており、資源・エネルギー・食料の流通は極めていびつになっている。この状況を統御できる見通しもまたない。世界的金融不安が発生すれば、日本経済はキリモミ状態に突っ込む危険性が高い。それは杞憂だと笑い飛ばせないのが目下の事情である。

 だから有力経営者に限らず、経済を好循環軌道にのせるために賃上げに対する期待が大きいのは当然でもある。

 個別企業の視点でみると、経営者が賃上げを打ち出す背景には大変な人手不足がある。労働力の需要と供給の関係からみれば、人手不足は賃金引上げの大きな条件である。とりわけ有力企業であるほど、中長期的な人材確保を戦略とするから、経営主導の賃上げが表明されるのは理屈にかなっている。

 同時に、これは賃上げを企業間競争の有力な手段の1つする考え方でもある。当然ながら賃上げ企業の人気は上がる。というか、できない企業の人気が下降するのはまちがいない。不況時に企業が安売り競争に精出すのと同じである。賃金を引き上げられない企業が淘汰される。

 1970年、賃金決定に大きな影響力をもっていた主力鉄鋼企業は、労使ともに「鉄は国家なり」と公言した。賃上げが高くなるほど弱小企業は淘汰されるから、極端に賃上げするのではなく、ほどほどのラインを狙う。産業の中核である鉄鋼労使は、日本全体を考えて賃上げ水準を決めると言った。

 それと比較すると、目下の有力企業の賃上げ推進論は、産業全体として企業淘汰の先触れになるかもしれない。連合幹部などが、賃上げを価格転嫁できるかどうかが大事だというのは、これを意味しているだろう。

 それにしても春闘前哨戦においては、賃上げ主体である労働組合の影が薄い。いろんな意見がある。組合側には、経営者が賃上げを標榜するのはありがた迷惑だという声もある。なんとなれば組合の存在感が薄れるからだ。

 果たしてそうだろうか。昔のことを話すのは申し訳ないが(なぜなら、それがこんにちに引き継がれなかった責任があるから)、春闘前哨戦段階においては、組合が大きく先を走っていた。いずれの組合でも、大幅賃上げの声が職場に満ち満ちていた。執行部などが、「経営側も苦しいから」などと理屈をこねれば、間髪入れず、組合員から「こちとらもっと苦しいのを我慢してきたんだ」と反論が飛んでくる。それに比べれば、ただいまは圧倒的多数の「賃上げ主力」である組合員の姿が見えず、声が聞こえない。   

 組合員が春闘・賃上げに組織されていない。職場集会ひとつやらない状態で組合員が賃上げ舞台に登場するわけがない。連合は、700万組合員の賃上げ参加に取り組まねばならない。これが連合の仕事なのだ。気合を入れよ。