週刊RO通信

理性の心を取り返そう

NO.1538

 11月24日7時(現地時間)からイスラエルとハマスの戦闘休止4日間が始まり、ハマスが人質の解放、イスラエルがパレスチナ人受刑者の釈放を開始した。しかし、単純に喜ぶ気持ちにはならない。あまりにもたくさんの流血と死亡が重なっており、割り切れない気持ちである。悲しみの大海の一滴の喜びだと表現したいが、できない。とても恐ろしい現実からいくばくでも離陸した――のではないからだ。理性の心に立ち戻れるかどうか?

 イスラエルとパレスチナの戦争のみではない。ロシアとウクライナの戦争も膠着状態である。武力戦線の膠着だけではない。問題解決へ向けての言葉・動きらしきものがない。解決のために各国政府が思案投げ首なのだろうか。そうなら、まだ救いがある。

 いま、世界の人々の眼前に展開されている国際政治なるものの実体は、外交なき国際関係である。世界の権力、権威主義者の代表たちというべき各国政府は、立場・意見の異なる相手との間にラポールを架けようとしていない。架けられないのではなく、架けようとしていないのだ。

 そればかりか、立場・意見の異なる相手を非難する。その心理状態は、いかにも相手を誹謗中傷して留飲を下げようとしている。国際会議が、こちら側とあちら側は、相互理解・和解・協調など不可能な存在だと確認し合う救いようのない非生産的な外交儀式に貶められている。

 このような事態だから、火種があればすぐに発火する危険がある。国際的消防団は存在せず、火つけ並びに火事を煽る連中が大活躍する。他人の喧嘩と火事は大きいほど喜ぶ野次馬連が取り巻いている。野蛮への回帰を歯牙にもかけない理性の堕落。これが現代世界のポンチ絵である。

 19世紀には、戦争は政治の1部分であった。しかし、21世紀には政治=外交がない。踊る会議こそが会議だと信じて疑わない権威主義者・権力者がうじゃうじゃしている。政治がないのだから、戦争が始まれば戦争事体が目的化する。戦争が目的化すれば、まあ、それも平和への行進のメニューの1つかもしれない。ただし、やがて訪れるのは墓場の平和であるが—

 説明不要だろうが、戦争が目的化した現代において、軍事力による問題解とは殲滅戦である。西部劇の皆殺しと同じである。外交なき戦争は、戦争しているつもりの人間が(統御できぬ)戦争によって殲滅される。いまの世界を見ると、軍事力で国を自衛するというが、いかに危険をもてあそんでいるかという自問自答がまったくない。幼稚、未熟である。剣呑この上ない。

 少し冷静に考えれば現代世界は理性の出番がない。いったい、なぜ、そのような事態に立ち至ったのか。はっきりしてるのは、性質のよろしくない権威主義者・権力者の主張が主流だからである。それらはメディアを通じて連日垂れ流され、途絶えることがない。そこで、メディアにおいて、ジャーナリズムが健在で確立しているかどうか。それが大問題だ。

 英国BBCがニュースで、「過激派ハマスによる前例がない攻撃で700人以上が死亡したと見られます。ハマスの戦闘員たちはこれらの地点からイスラエルに侵入しました」と報じた。スナク首相は「ハマスは過激派や自由の戦士などではなくテロリストだ」として、ハマスをテロリストと表現しないBBCに抗議した。議会でBBCの責任者が喚問された。

 BBCは――テロリズムは人々が倫理的に認めない集団に対して使う意図が込められた言葉だ。誰を支持し、誰を非難するべきか伝えるのはBBCの役割ではない。――と弁明した。BBCの編集ガイドラインには、「われわれの責任は客観性をもち、誰が誰に対して何をやっているかを視聴者自らが判断できるようにすること」だとある。

 英国政府は第一にイスラエルの自衛権を支持するとともに、ハマスをテロ組織に指定している。しかし、1948年建国以来、イスラエルがパレスチナ人に対しておこなってきた抑圧は無条件で自衛権の対象に含まれるようなものではない。解決の方向はイスラエル・パレスチナ2国共存でしかないことを考えれば、英国民を感情的に煽らぬ努力をしたBBCのジャーナリズム精神が、外交無策政治家の暴走にブレーキをかけた。

 いま生きている誰もが、世界に理性を取り戻す役割を担っている。