論 考

もっと理性的な外交を

 新聞は、お気楽に「外交的ボイコット」という言葉を多用する。違和感がある。アメリカ自身が、北京冬季五輪を外交的ボイコットだとは表現していない。

 そもそも外交とボイコットは反対概念である。ボイコットは、ある目的を貫徹するために、相手を共同して排斥する。選手団を派遣しないのではないから、五輪ボイコットではない。

 政府代表が北京へ行かないのは、欠礼するだけだ。それに尾ひれをつけて、周囲がわいわい騒動するのは、中国にたいする反感を盛り上がらせる効果はあるが、そこからなにか建設的効果が生まれるだろうか。

 新疆ウイグル地区「問題」なるものを、中国は認めていないから、双方言いっぱなしで、なんら噛み合わない。交渉が噛み合わない状態で、抗議や排斥だけやって得られるものは、両者の離反と、さらには憎しみを増加させるだけだ。

 新疆ウイグル地区「問題」はどこかへ飛んでしまって、ボイコットという方法だけに注目が集まる。ナンセンスである。いわば、問題解決のために尽力しているというポーズ、アリバイ作りに過ぎない。

 本気の外交を考えるならば、日本政府は、単にアメリカのご意向に外れぬよう、中国にやわらかい印象を与える演出だけではなく、「問題」のポジティブな解決方向について、中国と話し合うべきではないのか。