日々道楽

国境を超えた協力を

 実験医学の幕が華々しく上がったのは19世紀末からで、それから20世紀初頭の40年間は「微生物のハンター」が大活躍した時期である。

 昨日紹介したポール・ド・クライフ著『微生物の狩人』の最後に登場するのがドイツのノーベル賞学者ポール・エールリッヒ(1854~1915)である。細菌学・血液学・免疫学、化学療法の大家で、日本から留学した秦佐八郎(1873~1938)と力を合わせて、1910年にサルバルサン(梅毒の化学療法剤)を開発した。世界中が沸いた。

 エールリッヒは、徹底的に実験の正確さと理論を重視した。彼の研究室は書籍だらけで訪問者が腰を下ろす場所すらなく、書籍の山の中にねずみが巣を作ったそうだ。偉大な構想力の人であった。

 世界的有名学者になったエールリッヒは、その活動した30年は失敗続きであった。そして大ホームランを飛ばしたサルバルサン開発についても「不運続きの7年間に幸運だったのはたった一瞬だった」と語った。

 いまは、コンピューターが発達しているから、当時と比較すればいざという場合の開発は極めて高能率かもしれないが、(昨日記載)レーウェンフックが語ったように、「1つの生命は他の生命を犠牲にして生きながらえている」のであって、人間社会の進化に対してウィルスもまた進化しているらしい。

 エールリッヒの口癖は「結合なくして作用なし」、つまり、人々の協力こそが問題解決の突破口だというのであった。

 新型肺炎について、国境を超えて危機突破の協力体制が前進してほしい。