週刊RO通信

矢吹晋著『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社)

NO.1365

 本書を読んで強烈な刺激をうけた。日ごろいかに自分の情報リテラシーがお粗末であるかを思い知る。ものごとを研究する上での視点、視野、納得できるまで食らいつく真剣真摯な態度が字面に立っている。迫力がみなぎる本である。お読みになればどなた様も感じられるであろう。

 新聞は濡れ雑巾、テレビは淫祀邪教を垂れ流すと切り捨てた開高健の言葉が蘇った。のんべんだらりと情報に接していてはあかん。矢吹晋氏の文章は、歯切れよく、問題の核心を離さない。推理小説ではないのに、謎解きにも似た展開で、これが学者仕事の醍醐味なのかと勝手に納得したくなる。

 中国における武漢ウイルスの発見に始まって、検査結果がどのように報告されたか。誰もが驚いた武漢市封鎖はいかなる検討経過を経たのか――と少し読み進んだだけで、わが国のそれとは全然違うレベルに気づく。半ばブラックボックス化した専門家なる存在、何を考えているのかわからないバイアスのかかった政治家の発言、比較するまでもなく、この間学習効果がまるで見られないわが国の取り組みとは決定的な違いがある。

 中国的国家体制だから思い切ったことができると別世界扱いする気風が強いが、目的に向かって各人の努力が最大限発揮されるかどうかは、国家体制の問題ではない。組織を有機体として稼働させるリーダーシップがあり、それを十全に理解し、わがこととして奮闘する個人が多いからである。

 当初、湖北省当局がもたもたしたが、ただちに批判して体制を立て直した。日本的官僚的ヒラメ的忖度が支配していたならば、そのつまずきは長く尾を引いたであろう。2019年12月15日、武漢中心医院で65歳男性の原因不明の肺炎が発見され、感染拡大したが、年明け2月17日には退院者が新規感染者を上回り、収束へ向かった。7月20日時点、中国の感染者数は83,613人・回復78,719人、死亡4,634人である。

 6月7日には『コロナ白書』(新聞弁公室)が発表された。当初から全局を見渡して計画を立て、総合的に対策・実施したことがわかる。だから6月11日北京豊台区の卸売市場でクラスターが発生した際、24日には感染封じ込めに成功した。昨年末以来、中国科学者・医学者の活躍には瞠目する。

 ウイルスがどこから発生したのかについては、まだ決着していない。中国が、米軍基地から流出したという説を提起した。日本のメディアは問題意識が全くないが、矢吹氏の事実に基づいた主張は、ミステリーのどんでん返しの心地がするくらい鮮やかである。「軍人オリンピック」という言葉の意味を知っている人は圧倒的に少数であろう。日本のコロナウイルス対策についても、興味深い記述がてんこ盛りであるが、ここでは触れない。

 本のタイトル「コロナ後の世界は中国一強か」について少し書きたい。矢吹氏は、「新チャイメリカ」(世界に影響する米中二国関係)を米中が模索することになるが、主導するのは中国になろうと読む。

 1つは科学技術だ。19年11月、中国は新基建(インフラ)として5Gサービスを開始した。量子通信で中国が先行している。経済面では、この20年間、中国の成長は米国の約10倍。米国は資産バブル崩壊の恐れもある。

 ここで要注意は、内外メディアは概ね全部、米国絶対優位説を取り、米中協力体制などは、米国はいつでもデカップリング可能という報道姿勢である。トランプからバイデンに代わっても、対中姿勢は好転しないという見方も強い。ただし、いまの米国内は極論すると「米中決戦前夜」的な声が強く、彼我の事情や、世界の政治経済社会を冷静に考える力が落ちている!

 さりとて、対中強硬論者たちが具体的な戦略戦術を描いて提起しているとはいえない。中国に対して軟弱だと言われると具合がわるい。対中強硬論への疑問や異論がタブー化している。異論が堂々と表に出ないような国家が、果たして民主主義大国といえるであろうか。理性を欠く政治家的バイアスが現実と未来を見る目を曇らせている。民主主義をかざして他国攻撃をする一方、コロナが国内の人種・経済差別を浮き彫りにしたのも大問題だ。

 矢吹氏は「人類は、ウイルスに殺されるか、政治ウイルスに殺されるか——二種択一である」と警鐘を鳴らす。本書は、頭の中のウイルス的混濁をすっきりさせるために、有益なワクチンである。服用をお勧めする。