2017/04
「一九八四年」 ジョージ・オーウェル(1949年)
木下親郎
“Nineteen Eighty-Four”
George Orwell
Martin Secker & Warburg 1949
Penguin Modern Classics 2013
384 pages
一九八四年(新訳版)
高橋和久訳
ハヤカワep文庫 2009
1月20日のトランプ大統領就任式のあと,本書がアマゾン(米国)の書籍週間売り上げ1位になった。「歴代就任式で最も多くの人が集まった」とのホワイトハウス発表に対する読書人の反応だ。1月26日のニューヨークタイムズは,ミチコ・カクタニの書評「なぜ ‘1984’が2017年の必読書なのか?」を掲載した。筆者はアマゾンに発注したが,入手するのに10日かかった。
本書は
ジョージ・オーウェル
(1903ー1950)の最後の作品で,全体主義国家の恐怖を世界中に問い掛け,20世紀の必読書としての高い評価を得た。ロンドンを舞台にしているので,第2次世界大戦の戦勝国の首都でも,あちこちにドイツ軍による爆弾で掘り起こされた大きな穴や破壊された建物が残されていた記憶を持つ読者に強烈な印象を与えたようだ。
資本家による独裁は,世界各地で起きた革命により覆されたが,その後の国家間の戦争や,国内の内戦により革命の主導者は追い出され,世界が3つの全体主義超大国に淘汰されたとしている。米国が支配する米大陸,オーストラリア,アフリカ南部とイギリスからなる「オセアニア」,ロシアが支配するヨーロッパ大陸中心の「ユーロシア」,中国が支配する中国から日本までの「イスタシア」の3国であり,その間には大国の領有争いの戦争が常時続く北アフリカ,アラビア半島,インド,インドネシアがある。戦争は各国の国民の不満をそらすための手段となっている。
主人公ウインストン・スミスはロンドンに住むオセアニアの公務員である。オセアニアは1党支配で党員はインナーとアウターに区別され,総人口の数パーセントであるインナーが支配層である。ウインストンは党員だがアウターであり,異なる色の制服を支給され,インナーが享受する特権は一切与えられない。自宅の居室にまで設置された監視カメラの付いた「テレスクリーン」によって,一挙一動まで監視され命令を受けている。老朽官舎に住み,低品質で乏しい量の衣食の配給を受ける。たばこ,ひげそりの刃も配給である。人口の85%はプロレ階級と呼ばれる労働者層である。プロレは自宅を持つこともでき,賭博,スポーツ,映画などの娯楽の機会がふんだんに与えられているので,国家批判への意欲は完全に失われている。テレスクリーンによる監視もなく,インナーは「プロレと動物は自由である」と言う。
オセアニアではインナーの発表が「真実」であり,それ以外は全て「偽り」とされる。インナーの発表と異なる資料は全て修正されるか廃棄される。不都合な歴史は発表に合わせて書き直されるので,歴史は過去のものではなく,新たに作られるものである。ウインストンの職務は,インナーにとって不都合な資料を見つけだし,それらを破棄または改竄することである。文章は旧語法(標準英語)から,新たに制定された新語法に変えられる。新語法は,思考能力を奪い取るため,語彙を最小にした言語である。“good”は使えるが “bad”は“nogood”に置き換えられる。アウターの多くは革命時代を知る知識階級であり,現在の職務に不満を持っているが,インナーに知られると直ちに抹殺される。
さて,オックスフォード辞書出版部は,「米国大統領選」と「EU離脱のイギリス国民投票」を,2016年を代表する事件と決め,これらを示す “Post-Truth”を「今年の言葉」に選んだ。「投票者は,感情や個人の信条が熱烈に表明されると,客観的な証明がなくても,それを真実と信じる」という意味である。米国読書人はホワイトハウス発表を“Post-Truth”だと驚き、オーウェルの“1984”を読んだのである。
木下親郎
電機会社で先端技術製品のもの造りを担当した技術者。現在はその体験を人造りに生かすべく奮闘中。
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