週刊RO通信

いま、歴史的危機にあることの認識

NO.1311

 この数年、内外情勢はまさに異常である。異常に慣れて麻痺したくない。異常さの震源トランプ氏について、米国前副大統領バイデン氏が「(トランプ氏は)常態からの逸脱」であると語ったのは概ね正しい。ただし、その危機の認識について考えると、まだ甘く、不十分である。

 なぜなら、トランプ氏を大統領に選んだのは、バイデン氏がいう「常態」なるものに異議申し立てする人々であった。バイデン氏的「常態」の認識がトランプ大統領を生んだのだという自戒・危機感が必要だ。

 トランプ氏は「逸脱」しているのでない、「破壊」しつつある。米国のデモクラシーだけではなく世界秩序を破壊しつつある。

 エルサレムの名前は平和の観念から来ているが、トランプ氏は米国大使館を移転することによって、平和の精神にクサビを打ち込んだ。和合と相愛こそがキリスト教信徒のめざす道筋である。この象徴的な暴挙は、世界最大の権力者が歴史も知らず、平和の観念など考えていない事実を示す。

 世界は歴史的危機である。世界の既存秩序が機能不全を起こしている。その特徴はデモクラシーの無力化にある。ポピュリズムが指摘されて久しい。それは衆愚政治である。政治家が国家主義・全体主義を巻き起こそうとしている。トランプ氏だけではない。内外にトランプ流の政治家が多い。彼らの共通点は、公僕としてのモラルがなく、「おらが大将」主義である。

 彼らは国家主義を振り回している。国家主義者は、一見、国内を一本化するような愛国心・国益を高唱する。しかし、国家主義者は国内の利害対立や矛盾を解決しない。外に敵を作って、国内問題の対処を先送りする。かくして国内、国家間の対立が激しくなる。

 ほとんどの戦争の原因は、国内における不和を外の敵に転嫁した。第一次世界大戦後も、第二次世界大戦後も、再び世界を惨禍に陥れないために、人々は、いかにして国家同士が「OK」の関係を作り出すかを希ってきた。

 近代世界の秩序は、大国の権勢を軸として形成されてきた。だから支配国の権勢が衰退すれば秩序は崩れる。19世紀までは英国が、20世紀は米国が秩序形成の軸であった。それらは数多の問題を抱えつつも、大国に道義的優位性があると考えられたからこそ成立した。

 しかし、いまや英国は「ブレグジット」で政治的機能不全、米国はトランプ氏のあけすけな「アメリカ・ファースト」で世界に害毒をまき散らしている。トランプ流は堕落政治だ。氏は、儲け主義の商売人であって政治家ではない。米国はトップランキングのプレーヤーにふさわしくない。すべての国が自国ファーストを押し出せば、大戦争へ突き進む。

 人間は、どんな状況にあっても暮らしていかなければならない。当たり前である。とはいえ暮らしていけるからといって、どんな状況にあっても平然としているとすれば、鈍感さんなのか、無知さんなのか。いずれかである。

 日々の生活、人生は習慣の積み重ねである。日々新たなはずだが、格別のことなく同じような生活を繰り返して安心する。しかし、人生に発生する出来事は厄介が少なくない。そこで人生には耐力が必要になる。

 中世以来、日本的庶民の願いは2つあった。耐力だけで対抗できないのが天変地異と戦争である。天変地異の発生は止められない。戦争は人間がするのだから、これは何とか止めてもらいたい、1人ひとりが止めるための工夫と努力をやらねばならない。

 厄介なことに、ドラマとしての戦争には人を吸引する力が大きい。なぜなら戦争は部分的に美徳を現わす格好の舞台になるからだ。巨大な悪徳である戦争を見失わせるような戦争ドラマは絵空事である。エラスムス(1466~1536)の「戦争は、戦争をしたことのない者に快い」という言葉を思い起こして、いつまでも頭に叩き込んでおきたい。

 この機会に、日本国憲法を読み直そう。デモクラシーは、すべての人々の基本的人権と平等に立脚している。この思想には国境が存在しない。必然的に平和国家をめざす文脈になる。薫り高い憲法を足蹴にして、捻じ曲げるための論議を弄ぶ政治が辿る道は歴史的後退だ。1人ひとりが、憲法を生かして、平和と民主主義の国作りに立つ意志を表明しよう。

 ○ホームページhttp://www.lifev.com「日々道楽」で毎日の問題意識を提供しております。どうぞお立ち寄りくださいませ。(奥井禮喜)