論 考

木に登ったブタみたい

 自民党が「遊説活動ハンドブック」なるものを配布した。要は、メディアに突っ込まれるような失言をしないようにという注意マニュアルである。

 議員にとって国民に対する演説はいわば活動の華である。議員が、心を込めて語りかける。いわばもっとも人間味を伝える行為である。だから、本来、マニュアルは余計なお世話なのだけれど、人間味を伝えてはいるのだが、ダメな面を大いに押し出すものだから、仕方がない。

 しかし、箝口令マニュアルを作成するよりも、「なぜ失言するのか」「なにが問題なのか」について、きちんと検討するのが本筋である。

 大昔の話だが、わたしの組合が推薦している市議会議員が座長で、労働会館建設のための視察に出かけた。たまたまわたしもメンバーの1人であった。兵庫県から香川県までの短い旅のなかで、この議員が、事務局の市職員を丁稚の如くに無礼な扱いをする。

 わたしは、「あなた、彼は召使じゃありませんよ。駅弁くらい自分で買いに行きなさい。こんな調子では次回は推薦しません」と抗議した。たちまち借りてきた猫になってしまった。言いたかないが、たかが市会議員である。議員がなんぼのものだと思っただけである。

 さて、昨今の議員さんはこんな方はおられないのであろうか。そうでなければ喜ばしいが、誤った選良意識も、失言・暴言の背景にありそうだ。