筆者 小川秀人(おがわ・ひでと)
「多文化共生」を標榜して成功した国はない。美しく極限まで漂白されたスローガンだが、多分に理念先行で空想的だ。欧州連合(EU)の移民政策に対して、ポーランドの政治家エヴァ・ザヨンチコフスカ=ヘルニク氏が、2024年7月の欧州議会本会議でウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長の再選討論時に、同氏を激しく批判する映像がド迫力。彼女は、自身のSNSでも不法移民がもたらす暴力的な影響について警告を発しており、ポーランドの女性政治家の中でトップクラスの知名度を誇る。我が国の野党議員といえば、週刊誌のガセネタで国会を空転させるのが関の山だ。
ヘルニク氏曰く、「貴女は女性として、母親として恥ずかしくないのか。私たちは狂った左派イデオロギーではない。何百万人の女性や子供が自分の街で危険を感じるようになっている。ポーランドに手を出したら絶対許さない。不法移民の流入によって起きたあらゆる強姦、暴力、悲劇についてあなたには責任がある。何故なら、それらの人々を受け入れているのはあなただからだ。あなたは本来、EUではなく刑務所に入るべきだ・・・」と。拍手とブーイングが交錯する会場で同委員長は苦笑いを浮かべるしかない。EUでは新しい移民協定で、移民流入が多い加盟国を支援するため「連帯メカニズム」が導入されており、難民・移民を受け入れる、資金を拠出する、人員や設備を提供するといった形で負担を分担することが求められている。
ポーランドは、「他国で認定された移民の受け入れをEUから強制されるべきではない」と主張している。国家が自ら移民政策を決定する権利、すなわち主権の問題と、ロシアによるウクライナ侵攻以降、ポーランドは数百万人規模のウクライナ避難民を受け入れていて、ポーランド政府は「既に欧州で最大級の難民支援を行っているにもかかわらず、さらに他地域からの移民受け入れを求めるのは不公平だ」というのがその背景だ。
EU各国は自ら移民政策に失敗したと宣言しているわけではないが、ドイツ、フランス、スウェーデン、イギリスでは見直し論が広がっている。イギリスがEU離脱の際に決定打となったのが移民問題で、安価な労働力の流入により、地方の労働者の雇用や賃金が脅かされたほか、医療や学校などの公共サービスが逼迫した。離脱後も、移民数抑制に向けて就労ビザの厳格化などの規制強化が続いている。
ナショナルセンターが大好きな北欧諸国。スウェーデンもジェンダーギャップ指数は常に上位にある(この指数そのものが極めて胡散臭い)。中東や北アフリカの深刻な内戦や迫害から逃れてきた難民・移民が欧州へ大量流入し、EUの国境管理や受け入れ体制が機能不全に陥った2015年の人道的・政治的危機の際、同国は人口比で欧州最多規模の難民を受け入れた。しかし、その後の社会統合がうまくいかず、移民系住民が多数を占めるエリアが孤立化。自動小銃や爆弾を使ったギャング同士のテロが急増し、一般市民が巻き込まれるなど深刻な社会問題となってしまった。帰還手当の大幅増額や市民権・永住権の取得要件の厳格化など、かつての「人道大国」としての寛容な受け入れ姿勢から、「移民の流入制限と厳格な管理」へと大転換を余儀なくされている。
それでもEUが移民政策を推進するのはなぜか。EUは、加盟国が直面する深刻な「少子高齢化」と「労働力不足」がその大きな理由としているが、お気付きだろう。高市政権の説明はEUのそれとどこか重なっている。政府は「移民政策は推進しない」と公言しつつも、人手不足解消のために外国人労働者の受け入れを継続し、「秩序ある共生」を掲げている。
日本の総人口に占める短期滞在者を除いた在留外国人の割合は現時点で 3%を超えているが、これは世界標準で言うところの「移民率」に相当する。世界人口に占める移民率が3.7%(国連推計)であることを踏まえれば、我が国は明らかに移民国家化の様相だ。また就労資格者も前年比で約26万人・11.7%増と日本社会は急激な変化を見せており、大票田の財界からの強い要請とは言え安直な「人手不足=安価な移民」では如何にもご都合主義。百歩譲ってそうであればカスハラ対策も然りで、少なくとも経営トップ自らが国籍・人種関係なく従業員をかけがえのない一人の人格として尊重し、私が守るという気概を示さなければ、「多文化共生」や「多様性の尊重」はまさしく空想的理念に終わるだろう。
