日々道楽

政治学者がいるのか

 どれとは言わぬが、どうも政治学者の政治談議が面白くない。論ずべき対象の政治があんこのないドンガラだけのまんじゅうだから、学者の談義が面白くないのは当然である。

 しかし、学者は新聞記者ではない。まんじゅうにあんこがない実体について論ずるのではなく、それがなぜダメなのか論じてもらいたい。

 日本の政治は政党政治の体裁ではあるが、政党活動が脆弱である。理由は、とにかく選挙での党勢拡大ばかりに熱が入っているからだ。

 さいきん話題の学者たちは政治家のインタビューを得意技とするが、それがそもそも面白くない。昔からの政治家中心学であって、政治がない。

 たとえば、国際安全環境が厳しくなったから物理的防衛手段論議に熱が入る。もし、どこかの国が戦端を開いた場合、数発ミサイルで応戦して終わるだろうか。

 戦争が始まれば、頼もしい自衛隊にお任せで済むわけがない。急遽、志願兵を募集しても、素人が直ちに役立つわけがない。人々の安全など完全に無視される。

 しかし、メディアも学者もまったくそんなことは論外である。さらに、学者としては、戦争の実体を前提に、政治・外交のあり方を免ずるべきである。政治家の現状の動きばかりを論評しているが、それでは政治を論じていない。

 現状のありのままを受け止めることは大事だが、それが最善の選択ではない。本当に、こんなことでいいのか? 人々が沈思黙考するような論考に挑んでもらいたいものだ。学者という作家になってどうするんだ。