論 考

政局政治は政治を劣化させる

 民主主義制度において選挙は生命線である。しかし、選挙自体が目的化して、各種選挙の合間に政治をしているという皮肉な見方も捨てきれない。

 地方選終了するや、直ちに解散がどうのこうのという次第だ。

 アメリカでも、共和党内では、トランプ対ネバー・トランパーズ(反トランプ)の対立が注目されるが、有力対抗馬とされたデサンティス氏の人気が失速状態で、このままいくとトランプ氏が大統領候補になりそうだという。

 かたやバイデン氏は相変わらず支持率が上がらず、民主党内でも不人気なのだが、雌雄を決する対抗馬が出る気配がない。トランプ氏が候補者になるならば、バイデン氏で行くべしという。

 バイデン氏の高齢が話題になるが、トランプ氏も十分高齢だ。目下は再び高齢者決戦になる流れである。

 アメリカでは議会の解散がないが、大統領選と中間選挙の騒動を見ていると、やはり違和感を禁じえない。

 イギリスでは、すでに下院の任期中解散はやらないのが原則である。それでも、さっこんは常時政局のような雰囲気になっている。

 選挙戦、すなわち政権を取るかとらない論を中心に据えると、個別政策にもバイアスがかかって、少しでもよい法律をつくろうという仕事の本質が見失われやすい。

 新聞の政治報道もおおかたは政局絡みである。政局となると、政治家個々の人物に焦点が当たって、議会での議論などよりも、いかにごそごそ蠢いているかという報道が多くなる。

 議会での論議をもっと大事にしないと、いつまでも政局政治が続いて、政治の質は劣化するばかりである。