日々道楽

クリスマス停戦が意味したもの

 プーチンが提唱したクリスマス停戦は、ウクライナ・ロシア双方が、相手が攻撃したという罵り合いで,停戦らしいものがないままに終わったようだ。

 停戦効果はなかったが、双方間にまったく対話ができない事実がわかった。戦争当事国においても、意思を伝えるパイプが必要である。それがなければ、とにかく潰し合いするだけだ。

 戦争の帰趨について、米国・NATOはウクライナの意思次第だというが、このままではデスマッチである。

 それでは、あまりに関係国として無責任ではないのか。もちろん、戦争開始の責任はプーチンにある。ただし、そこへ至るまでの米国・NATOのウクライナに対する介入の効果を考えると、戦争になったらウクライナにお任せというのは、無責任だと思う。

 本気だったか、ポーズだけかはわからないが、プーチンが停戦を提唱したのは事実である。その機会をまったく無視するべきではなかろう。

 今度は、米国・NATO・EUとしての提案をするべきだ。