2013/08
“FBI秘録” ドナルド・ケスラー木下親郎



“FBI秘録”
Donald Kessler著、Random House 2011
296ページ $26
 米国国家安全保障局(NSA)元職員エドワード・スノーデンが米国機密情報を持ち出した事件がマスメディアを騒がせている。メソポタミアや古代エジプトの時代から,国家の存亡には他国の情報を得ることが欠かせなかった。支配者にとっては自国内部の情報把握も必須であった。情報収集には,ハイテクとスパイが代表する闇の世界を取り込んだローテクを巧妙に組み合わせた仕組みが作られた。米国がスノーデン事件をどのようにおさめるのかわからないが,不可解なのは,複雑な経歴の持ち主であるスノーデンが,国家の極秘機密を知りうる職に就けたことである。機密情報は機密の程度によって格付けされ,情報を知りうる人には制限がある。違反者には厳しい罰則があり,国家反逆罪に問われると死刑にもなる。複雑な情報通信システムを取り入れた諜報システムは,システムや関連施設の維持運用の専門家が必要である。これらの専門業務を外部に委託されることが多いが,委託先人事の管理に,落し穴があったのだろう。トム・クランシーやジョン・グリシャムの小説は,これらの巨大情報組織の盲点を取り上げているが,スノーデン事件は,これらの「小説より奇」なる事柄が隠されているのかもしれない。
 米国の諜報機関には,国防省所属のNSA,大統領直轄のCIAと司法省に所属するFBIがある。これらの組織を描くノンフィクションは,数えきれないほどあるが,眉唾ものもある中で,ドナルド・ケスラーの本書(翻訳:「FBI秘録」原書房2012年)は安心して読める。ケスラーは1943年にニューヨークで生まれ,ワシントン・ポスト紙などで働いた有名ジャーナリストであり,諜報機関の内部に迫る本をいくつも書いている。本書は100人以上の関係者から聞き取ったFBIについての決定版である。300ページの本に360人の実在する人物の名が出てくる。
 FBIは,前身が1908年に創設され,100年を超す歴史を持つ。しかし,長官(Director)は10人しかいない。FBIを大きな組織に育て上げたのは,1924年から48年間にわたり長官を務めたフーバー(1895-1972)である。マフィア事件に介入することを禁じ,仕事中のコーヒーとカラーシャツを禁じたとの逸話がある。長官室に現職大統領や有力政治家の個人情報を集めた極秘ファイルを保管していた。これが生涯長官職に留まったことの理由と言われる。脛に疵を持つ人はフーバーに逆らえなかった。権謀術数に長けたジョンソン大統領も一目置いていた。フーバーは心臓発作により自宅で急死した。彼以降,長官任期は最長10年となった。1987年,レーガン大統領が選んだセッションズは,公私のけじめに甘く任期半ばで更迭された唯一の長官である。1993年から2001年のフリー長官はコンピューターシステムを毛嫌いした。2001年9・11のときには,FBIのコンピューターはCD-ROMが読めないと、お粗末なものであった。長官個人の趣味が国家の中核組織の近代化を遅らせたとは信じがたい。
 今月退任するミュラー長官(オバマ大統領の要請で任期を2年延長)は9・11直前に着任した。デル・コンピューターを数千台発注したが,全体のコンピューターシステムのメインフレームがお粗末で,メールを発信しても相手に届かず,受信の確認が出来ない状態だった。9・11直後,ミュラーは40以上のコンピューターシステムを導入したが,お互いを繋ぐことが出来なかったと言う。本書には,ビン・ラディン暗殺の連携作戦もある。FBIの歴史を通して米国の巨大官僚組織を垣間できる。現在,英語はインターネットで使われる言語の半数を割り込んでいる。これから,中国語,アラビア語,ヒンズー語の使用頻度が急峻に増加するであろう。これらの言語の統一されたアルファベット表記と発音は無い。諜報機関の解読技術開発が情報量の増加に追いつけるのか心配である。


木下親郎
 電機会社で先端技術製品のもの造りを担当した技術者。現在はその体験を人造りに生かすべく奮闘中




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