2016/06
定年後再雇用の賃金に厳しい判決石山浩一


 




































Aさんの計算数式

総報酬月額
 =20万円+6.7万円(20×4÷12)
 =26.7万円

年金停止額
 =(年金額12万円+総報酬額26.7万円−28万円)÷2
 =5.35万円

在職老齢年金
 =基本月額12万円−停止額5.35万円
 =6.65万円

高年齢雇用継続給付金
 =20万円×15%
 =3万円(61%以上は15%支給)

年金調整額
 =総報酬月額26.7万円×6%
 =1.6万円(最大6%)
 東京地裁は5月13日、定年後の再雇用で同じ仕事をしているトラック運転手の賃金を現役時より低下させるのは違法との判決を下した。
 定年後の再雇用制度は、年金の支給開始年齢の引下げに伴って65歳までの継続雇用が義務化されたため、多くの企業が採用している。その実施にあたっては1年ごとの契約更新とし、賃金ダウンが前提となっている。今回の判決はその前提を覆すものであり、会社は控訴したが与える影響は大きい。
 

再雇用者の賃金は現役の6割前後
 努力義務だった60歳定年後の継続勤務が、平成24年の法律改正によって義務化されて今日に至っている。
 会社は継続勤務による人件費負担を軽減するため、定年後の賃金を引き下げているがその減額率は下記のようになっている。

定年後の基準内賃金の減額率  単位%

 従業員規模   10%  10〜  20〜  30〜  40%
         未満  20% 30% 40%  以上

 5,000人 以上   0.5   6.5  12.0  20.7  55.4
  1,000〜4,999人  1.6  15.7  18.9  22.3  38.9
   300〜  999人  5.0  15.7  21.7  27.6  29.6
    100〜  299人  4.8  23.8  25.8  24.2  20.2
     30〜   99人  6.3  29.9  30.2  18.6  13.5

  全企業平均    5.6   26.5   27.9   21.0   17.7
       資料出所:厚生労働省平成15年雇用管理調査

 政府としても継続勤務による会社の負担を減らすため、在職老齢年金の見直しや高年齢雇用継続給付金制度によって、再雇用者への支援を行った。
 例えば60歳の定年退職当時、月収40万円だったAさんが再雇用後の月額給与が20万円で年間賞与が4か月とし、年金額を標準的な12万とする。その場合の在職老齢年金が5.35万円停止されて、6.65万円支給される。さらに高年齢雇用継続給付金として、給与が61%以上の下落なので3万円支給される。従ってAさんの所得は20万円+6.65万円+3万円=29.65万円となる。ただし、在職老齢年金が調整により総報酬月額の最大6%が(1.6万円)減額されるので、実際の所得は28.05万円となる。(左計算式参照)
 こうした制度などの見直しなどによって、再雇用者は60歳定年時の可処分所得額に近い収入を得ることができた。
 しかし、年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられ、今回のトラック運転手は昭和29年生まれのため、年金支給開始が61歳となっている。このため在職老齢年金が支給されず、賃金の減額も70%前後なので高年齢雇用継続給付金も4%程度と推定される。
 今回の判決では過去の賃金差額分の支払いを命じているが、61歳となって在職老齢年金が支給された場合については触れていないようである。


今回の判決と再雇用制度の矛盾
 労働契約法は正社員と同種の仕事をしている非正規社員の労働条件に、不合理な相違はあってはならないとしている。今回の判決で裁判長は、「正社員と賃金格差を設ける特段の理由は見当たらない」としているが、トラック運転手は60歳定年によって退職し、就業規則に基づいて再雇用されたために賃金が減額されたのである。賃金比較をするのであれば入社間もない運転手と比較をすべきである。再雇用者は法律によって原則65歳まで雇用を保障されているが、労働契約法は契約期間が不安定な労働者を保護する主旨もある。また、再雇用制度は在職老齢年金を考慮して賃金を減額しているのであるから、年金支給開始年齢を引上げた政府にも責任があるはずである。
 今回の判決に対し会社は控訴しているが、高等裁判所での判決にこうした背景が反映されることを期待したい。


石山浩一 
特定社会保険労務士。ライフビジョン学会代表。20年間に及ぶ労働組合専従の経験を生かし、経営者と従業員の橋渡しを目指す。http://wwwc.dcns.ne.jp/~stone3/




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