論 考

周回遅れ

筆者 小川秀人(おがわ・ひでと)

 SDGsバブルはとっくに弾けている。あまりにも表層的で響きの良い「持続可能な開発目標ブーム」に環境・社会・ガバナンス(ESG)投資が拍車をかけたものの、結果的に過剰な投資マネー流入は終わりを告げた。普遍的に理想から現実路線へと回帰しつつあることに気付かない、頭の中がお花畑的な輩がトップにいる組織は絶望的としか言いようがない。一時期ほど見かけなくなったが、カラフルなSDGsバッジは、もはや「バカの印」と揶揄される始末だ。ロゴを掲げたりバッジを着用したりするだけで組織が評価される時代もあったが、今では実態が伴わないイメージ戦略(グリーン・ウオッシュ)に対する風当たりのほうが強くなっている。

 それでも日本人は真面目で涙ぐましい努力をする。政府主導でレジ袋の有料化を2020年にスタートさせたが、これもSDGsの具体的開発目標と深く結びついている。目標12「つくる責任 使う責任」と称し、大量生産・大量消費のライフスタイルを見直すことで廃棄物の発生を減らすことを目的としている。また目標13「気候変動に具体的な対策を」では、プラスチックの原料となる原油の消費を抑え、ゴミ焼却の際に発生するCO2排出を削減しようと呼びかけている。さらに目標14「海の豊かさを守ろう」は、ウミガメの誤飲やマイクロプラスチックを削減するための象徴的な対策だ。

 どれもこれも言っている事そのものは間違いではないが、エコバックも製造・流通時に多くのCO2を排出し、数百回以上使わなければレジ袋より環境負荷が高くなるというデータもある。あるいは、レジ袋を貰わなければゴミ捨てに使う家庭用ポリ袋を購入する頻度が増える。一生活者の肌感覚で言っても、「ゴミ出しの日」の集積場には溢れんばかりのゴミ袋の山だ。世界的なプラスチックの総排出量は、OECDなどのデータによれば直近20年間で倍増しているようだが、そもそもアメリカ、ロシア、中国、インドなどの大国にCO2排出を削減しようなどという気はさらさらない。日本も涙ぐましい努力の割には、プラスチックの総排出量は劇的には減っていない。

 当時の環境大臣が積極的に広報活動を行っていたため、実績作りのパフォーマンスや国際社会に対する「やってる感」アピールではないかと思われていた。その矢先の「レジ袋の有料化に環境効果はない、目的は国民の意識改革である」という趣旨の大臣発言が、無意味な負担を強いた責任逃れとの批判を招いたことは記憶に新しい。所詮関係省庁の官僚の天下り先である「独立行政法人」や「外郭団体」に新たな利権が生まれた程度の話であろう。結局のところ、政治家のポーズのために我々庶民が付き合わされただけだ。やれやれ。

 日本の労働組合は企業別が主流のため、経営方針に何らかの形で追従せざるを得ない。かつて1980年代後半から1990年代前半にかけて、「ユニオン・アイデンティティ」という考え方が登場した。これは当時、企業が自らの存在意義やイメージを再構築するために「コーポレート・アイデンティティ(CI)」のブームが起きており、これに倣う形で「労働組合の存在意義を再定義しよう」という運動が大企業労組を中心に急速に広まったものだ。このように歴史を遡ると、労働運動が行き詰まるともれなく「横文字・カタカナ用語」によりかかる。昨今のSDGsやジェンダーやダイバーシティも同じレベルのこと。当時やったことと言えば旗の色を赤から青に変えるとか、〇〇労働組合を〇〇ユニオンや〇〇ソサエティに変える程度で、存在意義の再定義には程遠い。

 声に出さずとも、組合員のマジョリティの常識はそれがパフォーマンスであることを見抜いている。そして、SDGsやジェンダー、ダイバーシティなどの空想的理念がグローバルな潮流から周回遅れであることも。そして、それが組合離れを誘発する一因になっていることも。