筆者 小川秀人(おがわ・ひでと)
手元に1932年発行のレーニン著『労働組合論(藤井米蔵訳)』がある。発行は改造社。それまでのレーニンの(1870~1924)複数の論文・演説・書簡から「労働組合に関する議論」を編集・再構成したオムニバス版だ。当然、旧字体で書かれており読みづらいが、挑戦してみることにした。率直に述べれば、今の労働界が忘れかけていることを惹起してくれると同時に反面教師としても大変興味深い。
労働組合の役割(党と労働組合の関係性)に関するレーニンの見解は、1917年の革命前と革命後で変化している。革命前が「ロシア社会民主労働党」で革命派と穏健派に分裂しており、革命を成功させた「ボリシェビキ」が1918年にロシア共産党に改称した。
革命前のレーニンは、労働組合についてこのように位置づけている。労働組合は経済闘争を担い、党は政治闘争を担う。両者は協力するが、指導的役割は党にある。つまり、労働組合は「革命の準備段階」で重要だが、政治的方向性は党が決めるという構造だ。藤井米蔵氏の訳では「労働組合は、党よりはより低度な階級結合の組織である」とまで書かれている。
革命後のレーニンは、労働組合は労働者を社会主義国家の運営へ導く場(国家建設の学校)であり、生産管理・労働規律の強化を担い、国家と対立するのではなく協力して社会主義国家建設を進める。従って労働組合は国家(=共産党が指導する国家)と協力する立場になる。つまり、労働組合は重要だが、政治的方向性は党が決定するというのがレーニンの一貫した立場である(少なくともそう読み取れる)。
このレーニンの労働組合論からは、反面教師として学べる点が多々あるのではないか。具体的には、組織率低下、組合の官僚化、政治との距離感など、重なる部分があると思う。
ひとつは、労働組合が政治の付属物になる可能性。組合が特定の政党の下部組織に見えてしまう(勿論、否定するが)。すなわち、組合員の政治的多様性が尊重されず、組合への信頼が低下し、「自分の組合」という感覚が薄れ、組織率が低下していく。
晩年レーニンが特に警告したのが組合の官僚化だ。組合幹部が固定化する。組合員の声が届かなくなる。組合が現場から乖離する。組合が「手続き組織」になり闘争力を失う等々、非常に耳が痛い。組合が手続き組織になっているのは、修羅場に飛び込まずにただの「機関会議の運営係」に成り下がっているからで、電話やメール、SNSで済まそうとするからだ。
労働組合が国家(行政)と近すぎる関係になってはいないだろうか。ナショナルセンターは、政策の形成過程で各省庁と頻繁に協議するが、労働政策審議会などで霞が関の優秀な官僚たちと丁々発止の激論が対等以上に交わされている、などという話はとんと聞こえてこない。結果的に、ほぼ行政の政策を事後追認する形になっている。つまり組合員から見れば、行政と対等に交渉すべき労働組合が行政の一部のように見えてしまっている。最低賃金が、中小企業への影響を過度に重視し、地域間格差を温存し、国際的に見て長期間に渡って低位にあることを直視すれば、体裁を整えるためにうまく取り込まれてしまっている。いわゆる「失われた何十年」の責任の一端が我々にあることを潔く認めなければならないだろう。
100年前のレーニンが夢枕に立っている。レーニンという亡霊。
