NO.1671
いまの日本社会は、どうも活力が感じられない。ひとつは、超高齢社会への対応が物足りないことだろう。1970年代半ば、わたしの参加した組合は、中高年対策を入り口として、高齢化社会に取り組んだ。わが企業も問題意識をもっていたが、なにから始めればよいのか、手探り状態であった。会社社会全体に蔓延していたのは、いわゆる中高年疎外対策で、中高年追い出し対策であり、窓際族・壁際族などの好ましくない現象が発生していた。
しかし、企業が中高年者を社外に追い出しても問題は解決しない。人の加齢は必然である。回りまわって社会の活力を失うのは目に見えていた。大事なことは、人の一生において、いかに年齢を重ねるかだ。若者が多数を占める社会は馬力があるが、活力は馬力だけではない。若さだけにこだわっても意味はない。高齢化社会が進めば、いぶし銀の社会をめざしたい。個人の活力に着目した。
これはわたしらの専売特許ではない。敗戦後の企業は人の育成に腐心した。年功序列や終身雇用が批判にさらされたが、それらを貫く「人を育てる」、人が育つにはなによりも本人が育ちたいと思わねばならない。という人間観が、高度経済成長の美酒に酔って忘れられてしまった。高度経済成長をつくったのは、はたらく人の奮闘があればこそだった。「わが社は人を大事にする」という経営者の金看板が内部から崩れつつあると、わたしは考えた。
1970年代以降、企業は「管理社会」への志向を強めた。管理社会とは、社会の統制あるいは統合が主として管理と被管理の関係によっておこなわれる。いま、管理社会思想をもつ政治家が多いが、きわめて権力志向、国家主義志向の傾向であり、まちがいなく民主主義を破壊せんとするものだ。民主主義で育ったのに、それに背馳する若い世代が多い。敗戦に至る歴史を本気で学ばない結果である。
それに先んじたのが企業社会の管理社会化である。70年代には著しくマニュアル化が進んだ。マニュアルは簡便であるが、没個性化の巣である。さらに、土地バブルの80年代には、自由闊達ではなく自由放任、野放図な気風が氾濫した。90年代はじめ、バブルが崩壊するや、個人は一斉タコツボ化し、企業は管理社会に拍車をかけた。定見をもたぬ経営者が、管理化を進め上意下達が蔓延した。
上意下達は人の活力を育てない。しかも経営上層部の大部分は茶坊主の成れの果てである。減点主義、出る杭は打たれる云々の社会で、出世主義は個人の活力を歪める。管理社会化を進化させた効果は、傲慢な上層部をつくり、ヒラメ社員を増大させた。90年代はじめ、中国へ派遣されるのは島流しと見る向きが多かったが、現地で自由闊達に経営を進めた駐在員の本音は、帰還! したくないのであった。彼らは中国の隆盛に多大の貢献をしたのである。残念ながら2000年代も傲慢とヒラメが相変わらずだ。
管理に身をゆだねるのは案外気持ちのよいものである。ただし、絶対に本気は出ない。よい仕事をしても評価する目がないからである。本気になるのは出世のみという次第である。
さて、わが活力戦略の柱は人生を考える空間を提供するにあった。自分が主人公だと思えば、誰も手を抜かない。企業はやる気の動機付けがカネと出世である。もって軽薄かつお粗末な人事管理がおおきな顔をしているが、内部からわざわざ企業を弱体化する。人生を考える空間の狙いは、どこまでも自分の活力の発見と育成である。これこそが本来の「自己啓発」である。のちにこれが哲学でいう「自己否定」であり、「投企」だということを知った。われわれは書物からではなく、実際の人の思索と行動から実践していたらしい。
はたらく人こそが社会の基盤であり、原動力である。いま、人事管理も、はたらく人の組織たる組合にもその片鱗が見えないのは遺憾千万だ。「考える葦」たることをめざしてほしいものだ。
