NO.1663
アメリカ大統領がしばしば神を口にする。たとえば、2009年1月20日、200万人の聴衆を前になされたというオバマ大統領の就任演説は、「ありがとう。皆さんに神のご加護を、そしてアメリカ合衆国に永遠の神のご加護がありますように。」で結ばれた。アメリカ歴代大統領は神の加護を求める演説をしてきたし、戦場で兵士が牧師共々神に祈りを捧げる映像もよく見た。
レオ教皇はこの16日、「神は戦争を仕掛ける者の祈りを聞かない。」と語った。世界は、一握りの暴君たちによって荒廃させられている。破壊は一瞬だが、再建は一生かかっても足りない。という文脈で語られた。
トランプが、キリストの再来であるかのようなAI生成画像を発表し、批判されると今度はキリストとトランプが額を寄せ合っている画像に差し替えた。ユーモアといえるようなものではない。何を考えているのか、察するに時間はかからない。狙撃から生還して神がかり的発言をしたこともあった。もちろん政治家トランプに政治的思惑がないわけはないにしても、常軌を逸している。
初当選した時は、本人自身信じられないというくらいの常識はあった。諸事万端準備して当選した2期目は、世界各国に高関税を課すことから始めて、次から次へ目まぐるしいほどあれやこれや打ち出した。状況が期待通り進まないと、すぐに場面転換よろしく異なる騒動を引き起こす。しかし、ほとんど未解決事態が積みあがるので一件落着といえるものがほとんどない。要するに国民に対する目くらまし、攪乱戦術というべきである。
共通するのは破壊そのものである。創造するには破壊が必要だという面はあるが、トランプは破壊的破壊であって、創造的破壊ではない。トランプの歩いた後は荒れ野である。ガザを再建すると息巻いたがまったく何もしない。まさに、レオ教皇の発言の通り、破壊は一瞬だが再建には未着手である。国際関係も破壊するだけやった。いろんな形で他の国々が修復作業を続けねばならない。
これだけ派手な活劇? を繰り返してもトランブファンは増えない。それをもっとも痛切に感じているのはトランプ自身だろう。ついにキリストを持ち出したのである。とても真摯真剣な信者とは思えないトランプに過誤でなければ神の加護はない。
宗教と国家機関の分離は先進国では当たり前である。それを蔑ろにするのは、法の支配など無視することである。すでにトランプは法の支配を無視して好き放題やってきた。しかし、それも行き詰って神を全面に出そうとするのは、アメリカ建国以前に戻すことに他ならない。250年の歴史を転覆する権利はトランプにはない。
トランプ自身は頭脳明晰で判断力がさえわたっているという。常識人からみれば、そうはいかない。かりに臨床的に異常がなくても最近のトランプの判断は正常とはいえない。こじつけでも何でも、理屈は整えられる。しかし、トランプは政治家である。政治家としての矜持にもとる程度が常識外れであれば狂乱状態である。
優れた政治家は、状況分析や展望の見識が高水準であることが求められる。しかし、政策推進は健全な社会常識に基づかねばならない。なぜなら、政治というものは社会を形成する人々のためにおこなうべきだからである。加えて、権力に対する姿勢が問われる。権力者は謙虚・真摯・慎重でなければならぬ。トランプがやっているのはテレビという世界での「人気」をすべての規範にしている。それは健全な社会を形成するための条件ではない。人気を過剰過大評価するのがトランプ流だ。いわば自分の世界で酔生夢死状態にある。
アメリカの政治事情もじわじわ変わってきている。トランプに引きずられた共和党議員の面々もやがてホゾを噛む時が来る。それを引き寄せているのは、まちがいなくトランプだ。
