週刊RO通信

アメリカの良心が再現するか

NO.1662

 アメリカという国は歴史を顧みず、真摯な反省をしない。トランプの報道に憤りを覚えない日がない。この人物は飛びぬけて阿呆な発言・行動をしでかすが、軍事力の優位性に依存して他国の主権を脅かし、破壊や殺戮を続けるのはこの国の宿痾みたいである。それゆえにトランプのような国際的アウトローが登場しやすい。

 ベトナム戦争(1960~1975)では膨大な軍事支出と死亡兵士5万人に及び、政治的にも大敗北を喫した。アメリカでは痛切な批判があり、政府においては深刻な反省をしたはずだが、いまや忘れ去られたかのようだ。ベトナム戦争以後もアメリカが引き起こした戦争が絶え間なく続いている。

 アメリカ本土はいずれの戦闘も無関係で、人々は繁栄を謳歌している。ダーティ・ワークは見えざるところでおこなわれるから、人々が血なまぐさい戦争を認識することがほとんどない。これは第二次世界大戦においても同じだ。繁栄自体が戦争の手段である。あり余った物資の一部が戦地でじゃんじゃん消費される。人々は多少の身銭を切るだけである。戦地だけではなく、本土を絶え間ない徹底的な空爆で痛みつけられ、身銭どころか身ぐるみすってんてんにされて、無条件降伏、敗戦後もその日その日を食べて生き残るのに精いっぱいだった日本の事情とは全く異なる。

 もっとも、その日本においてすら戦後80年以前から戦争の反省、後悔などどこ吹く風で、厳密にいえば気休め程度でしかない軍事力強化にのぼせ上がる連中が増えるのだから、これがインターナショナルの人情(?)というべきかもしれないが。それにしても、アメリカなる国は戦争好きである。カネと力が抜群で道徳的精神の希薄なお国柄にはほとほとうんざりさせられる。

 ぼやいていたら、3月28日寒波のなか、アメリカ全土3千か所で800万人の人々がトランプ反撃デモに立ち上がった。2月28日イラン戦争開始以来、予想以外の展開にトランプが右往左往してハチャメチャな発言を繰り返すおり、まさにタイミングをとらえた快挙であろう。デモのメインスローガンは「NO KINGS」で、王様はいらない、立ち去れという主張である。

 わたしが体験的に思い出すのはベトナム反戦デモである。ベトナム戦争は、アメリカとベトナム共和国対南ベトナム解放民族戦線とベトナム民主共和国(北ベトナム)の戦争だった。もともとはベトナム共和国の専制弾圧政治に起こった人々の闘いだった。1964年アメリカが全面的介入した。

 とくに悪名高いのはトンキン湾事件である。アメリカが全面的介入する口実ためにでっち上げた。1964年8月、トンキン湾でアメリカの軍艦が北ベトナムの魚雷艇に攻撃を受けたとするが、1971年にアメリカの謀略だったことが露見した。武力の差はあまりにも大きかった。しかし、戦況が思わしくないのでアメリカは一時核兵器使用にまで言及した。その代わりに、絨毯爆撃と称し、ジャングルを焼き尽くそうとしたが、これでも北ベトナムと解放民族戦線側は屈せず、ついに蟻が象を歴史的大敗北に追い込んだ。

 1963年は、アメリカでは奴隷解放100年で、マーチン・ルーサー・キング牧師率いる公民権運動の大デモンストレーションが狼煙を上げた。その余韻の残る1967年4月からベトナム反戦運動が開始し、10月21日にはペンタゴン大行進を成功させた。これはアメリカ国内だけでなく、世界中に広がり、日本でも「ベトナムに平和を!市民連合」や組合・社会団体がベトナム反戦デモを繰り広げた。とくに若者が立ち上がったのは快挙だった。

 「NO KINGS」は、ずばりトランプに焦点を絞ったデモンストレーションである。トランプ反撃のおたけびだ。ぜひ、21世紀のベトナム反戦運動に育ってほしい。