論 考

姑息なトランプ交渉術

筆者 奥井禮喜(おくい・れいき)

 世界でもっとも繁栄していて、世界の羨望を集めている国の大統領が、「長年働き者のアメリカ市民は、他の国が豊かになっていくのを傍観するように強いられた」と、被害者ぶりを、下手な演技してみせるのは噴飯ものだ。

 しかも、「貿易面では、味方のほうが敵より悪い」などと付け加えるのだから超嫌味な倒錯ぶりである。

 そのハチャメチャマンが、相互関税をスタートさせて13時間ほどで、「相互関税の一部について、報復措置を取らなかった75か国以上に対する適用を90日間一時停止する」と発表した。一律10%関税はそのまま適用する。

 「(大儲けするには)時には薬が必要だ」と、国内外の反対意見にまったく耳を貸さないポーズであった。しかし、どうやら金融市場の混乱ぶりを見て、これは危険だと思ったのだろう。自分の損になるか得になるかについては、動物的感が働く御仁である。

 しかし、強い大統領なんであって、絶対正しい大統領であるから、軌道修正したとは口が裂けても言いたくない。

 そこで、様子を見ながら匍匐前進してくる各国を睥睨して、恭順につきお目こぼしいたそうという傲慢ぶりだ。

 取り巻き茶坊主は、「大統領の狙いは成功した。各国が、交渉してくださいと懇請してきたのだから」と解説してみせる。

 本音は、アメリカ製造業の復活ではない。そもそも製造業の退潮は関税が原因ではなく、長年にわたるアメリカ産業界の行動が作り出したものだ。零細国ではないのに、関税を防波堤にすれば製造業が復活する、というほど安直なことではない。

 これからやろうとするトランプ減税の原資を獲得するのが狙いだろう。もちろんそれは、目くらまし作戦で、アメリカ国民から収奪するわけだが、乗せられているMAGA信者のみなさんは、さすがトランプはアメリカの国威を高めたとお喜びになる。

 一律10%の関税はすでに始まっている。相互関税なるものが高い数値であったから、それが一時停止となれば、なんだか10%は低くてありがたいように錯覚する人がいるかもしれない。トランプ流交渉術の姑息さでもある。

 いずれにしても、前代未聞の高関税を吹っかけていることは変わらない。

 おそらく、トランプのテクニックに対して、もっとも有効なパンチは、アメリカ国民が「バカにするな」と声を上げることだ。次に、トランプ政権の内輪もめもそれなりに役に立つ。マスクとナパロ大統領上級顧問の間で、品のない罵倒合戦が始まったが、おおいにやってもらいたい。

 トランプ相手に、理屈がどのくらい通用するだろうか。まあ、それを考えても仕方がない。世界世論によって、トランプ交渉術を崩していきたい。