日々道楽

機械屋のクリティカル

 カント(1724~1804)の学問に対する姿勢は、独断論(dogmatism)と懐疑論(skepticism)を排して批判論(criticism)を展開することにあった。

 独断論は、認識能力の吟味を欠いている。懐疑論は、客観的真理の認識可能性を疑い、原理的に断定判断を避ける。極論すれば両者は両極にある。

 批判論は、認識能力を吟味し、価値・行為・判断・学説・作品などを批判的に評価する立場である。

 大変難しいが、昔、機械設計職場で、尊敬するK先輩の口癖は「クリティカルでなきゃあかんのだ」ということであった。本当にこれでよろしいのか、もっといいものがあるのじゃないか、と考え抜く。

 開発即納品の製品だから、時間にも追われる。ともすれば「えーい、これで行け」と果敢に! かつ軽率な判断をしかねない。それを阻止して、真剣真摯に技術を追求するというのである。

 さらにボスは「いい機械は外観も美しい」としばしば語られた。

 いまして思えば、お二人とも機械屋である前に哲学者であった。もっともK先輩は「哲学は嫌いだ」と眉にしわ寄せておられたけれど——考えてみれば、われわれは日々周辺の課題を哲学しているわけだ。